言霊の幸わう国

再び「天使たちのシーン」

 冬が近づいていると感じるのは、早朝。
 まだ生まれたてのようなおどおどした太陽の光が、電車の窓から射し込んでくる。
 ほんの少し輝きを見せるから、弱々しくてもその存在感はやはり見逃すことはできない。

 まだ空いた車内。
 広げた本から視線を上げて、向かい側のシートの人の間から朝陽の照らされた町の景色を見た。
 そこでふと、いつかの冬の朝にも同じきもちになったことを思い出した(「天使たちのシーン」)。
 毎日見ている景色なのに、光の微妙な射し具合で、記憶の抽斗が勝手に開いたのだ。

 頭の中では、小沢健二の「天使たちのシーン」が流れた。
 でもうまく歌詞が繋がらず、メロディだけをくり返した。
 そのうち記憶の曖昧さから「ローラースケート・パーク」になぜか変化しながら、それでも睡魔に負けてしまうまで、その余韻に浸っていた。

 映像と、きもちと、体調と、空気と、光の陰り具合と、開いた本と。
 いくつもの条件が重なって、蘇った感覚。
 見たい、感じたい、と思っても、自分ではコントロールできない時間。
 その感覚と時間の中にすっぽりはまり、わたしはその中でまだ本調子でない陽の光に生きるという文字を読み取っていた。

 少し前に、決着をつけた思いがあった。
 それまでに自分の弱さゆえ不要に傷ついたし、結果傷つけもした。
 相手に悲しい思いもさせたようだけれど、決めたことは曲げなかった。
 わたしの後ろにあるものはちゃんと血となり肉となったから、こっから先はもういい、と宣言した。
 こういうときのわたしは、怖ろしくスッパリ切れる刃物になる。
 35年付き合ってきても、ときどき自分が怖いなと思ったりする。

 そんな出来事を反芻しながら、それでも、というか、だからわたしはこうして生きているのだなと、心のはしっこのほうでしみじみする自分がいた。


 「毎日のささやかな思いを重ね 本当の言葉をつむいでる僕は
 生命の熱をまっすぐに放つように 雪を払いはね上がる枝を見る」
 
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by fastfoward.koga | 2008-11-07 22:48 | 一日一言