言霊の幸わう国

本の効力

 今日昼休みに、エキサイトイズムで以前ここに書いたブックディレクターの幅允孝さんが特集されている記事を見つけた。
 インタビューで彼が答えている言葉には、やっぱり本を愛して止まないその思いが溢れていた。
 本が売れないと言われる世の中で、彼のような存在はなくてはならない(と、わたしは強く思う)。
 そう思って読んでいると、彼の言葉のひとつに読む足が立ち止まった。

「本というのは『遅効性』の道具なんです。」
 そしてこう続く。
「さっと情報を得るだけならネットでもいい。けれども本の本当の力は、今知りたいことにすぐ答えることではありません。」

 人によって、なにを本に求めるのかは違うのかもしれない。
 でも本からしか得られないものというのは間違いなくあって、わたしはというとその力を自分の中にある一定量貯蓄しておけるように、いつも欲して本屋を彷徨っている。
 その一方で、日々今すぐ知りたいという思いと手軽さからネットで検索して済ませてしまうことも多い。
 最近はそうやってネットで得た情報を手にすることが数年前と比べても圧倒的に多く、我が行動ながらちょっと違うよなと思うことがよくあった。
 その違和感の正体はというと、幅さんの言葉が答えなのだ。

 辞書を引けばいいこと、地図を広げればいいこと、時刻表を見ればいいことを、ついついネットで検索してしまう。
 不思議なことになにで得たかによって記憶への残り方は違っていて、やっぱり自分の手で探し当てて見つけたものは記憶の抽斗へしまいこむところでちゃんと未来の自分がわかりやすいラベリングができるようだ。

 伊坂幸太郎の「モダンタイムス」にも描かれていたけれど、わからないことがあったらとりあえずネットで検索してみることの怖さはこういうことにも繋がるのかなと今さらながら感じた。
 得たものそのものだけでなく、なにから得たのかもこだわらなければ、湯水のように情報があ溢れる中、取捨選択やなにが必要なのかを見失うような気がする。

 次の休み、久しぶりに図書館で調べ物をしに行こうと思う。
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by fastfoward.koga | 2009-01-26 22:48 | 一日一言