言霊の幸わう国

黄昏どき

 ほんの少し会社を早く出たら、車窓からの夕暮れに間に合った。
 今日の夕陽は赤いと言うよりはピンクに近い、控えめな空だった。
 窓際のシートで今朝読み始めた本を開いたものの、地下から地上に出た瞬間の夕暮れにきもちを持っていかれてしまい、しばらくは空を眺めていた。
 お腹のあたりがスースーして、体が融けてしまいそうで、その吸引力に記憶の抽斗がぱかりと開いた。

 19歳の冬だった。
 当時このまま20歳になってはといけないと、大仰にも一大決心をしてすきな人に会いに行った。
 ちょっとドライブしたいから付き合ってと誘われて、言われるがまま車に乗せてもらって、どんどん日が暮れてゆく道を走った。
 助手席に座っていると顔を真横に向けてその人の顔をじっと見ることが恥ずかしくてできず、ほとんどダッシュボードや運転席とは反対側の窓を見ていた覚えがある。

 道はラッシュ時間でそうは進まず、とろりとろり走っていた。
 声がすると少し右を向いて答え、まっすぐを見て、左の窓を見て。
 それをくり返しているうちに日はどんどん暮れて、川べりに出たとき、向こうに見える山が空より暗くなってシルエットだけを浮き上がらせているのに気がついた。
 窓に顔を近づけるようにしていると、瞬きする間に色を失くす景色が、今の自分の置かれている状況と相まって不思議なきもちになっていた。
 今日、その感覚を思い出した。

 会社を出るのがあと10分遅いと、今日乗った電車には乗れない。
 そうするとシートに腰掛けては帰れず、今の季節だとゆっくり沈んでゆく太陽を見ることもできないし、ビルの隙間からはもちろん、9階の窓からでさえも満足するものは見られない。
 ちょっとしたタイミングのズレで逃していたんだなと、今日は余すところなく味わった。
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by fastfoward.koga | 2009-01-27 20:09 | 一日一言