言霊の幸わう国

絶望の素晴らしい世界

 昨日、村上春樹の「海辺のカフカ」を読み終えた。
 枕元に置いて読んでいたのでちょっと読んではすぐに閉じて寝てしまい、意外に読み終えるのに時間がかかった。
 でも調子付くと以前読んでいるにも関わらず、続きが気になって仕方なくて、下巻は2日ほどで読んだ。

 確か今回は3度目だったと思う。
 でもたぶん、今回が1番頭にも胸にも言葉が馴染んだ。
 記憶は確かではない。
 そんな気がすると開けた抽斗は、空っぽに近かったから。

 物語がクライマックスに近づく中、読んでいた言葉に足が止まった。
 段落が前ページから続いていて、一区切りつくまで読んだあと、またページを元に戻してそこだけ読み直した。

「君は今、とても素晴らしいものごとの中にいる。こんな素晴らしいことはこの先もう二度とめぐってこないかもしれない。それくらい素晴らしいことだ。それなのに今そこにある素晴らしさを、君はじゅうぶんに理解することができない。そのもどかしさが君を絶望的にさせる。」

「君」は、15歳の少年だ。
「世界でいちばんタフな15歳の少年になりたい」と願っている。
 わたしの15歳は、この少年の足元にも及ばない。
 洟を垂れてたくらいなのだから(もちろん比喩的。精神的洟垂れ)。

 素晴らしいことがおこったとき、そのたびに怖いと思った。もう2度とこんな素晴らしい世界は訪れないかもしれないとその素晴らしさに浸る反面、世界崩壊の瞬間に逃げ出せるように準備をしていた。
 そして終わりがくるたびにほら、と誰かに向かって言っていた。
 素晴らしさに溺れることができないことに、自分に、今なら絶望する。

 失敗することが怖くて、失敗しないようにしてきた。
 でも失敗しないようにしないようにしてきたことが、失敗なのだと今日急に駅の階段でひらめいた。
 そうしたら、今まで恨み辛みを抱いていた人を、ついさっきまでのことを忘れて愛しく思えた。
 まだ素晴らしい世界は、そこに、どこかに、あるだろうか。
 あれば世界は、なんと素晴らしいのか。
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by fastfoward.koga | 2009-02-23 21:45 | 一日一言