言霊の幸わう国

岩手懐古・録  【酒】

 光原社を出、再びいーはとーぶアベニュー材木町の通りに戻ったわたしたちは、まだ歩いていないほうへ向かった。
 歩き始めるとすぐに酒買地蔵という文字が目に付き、通りを外れて矢印のままに進む。
 数10メートル先には永祥寺というお寺があり、その門前に酒買地蔵さんの謂れが書かれた板書を見つけたので、わたしはそれを声に出して読んだ。
 こういうものは、声を出すに限る。読むと、文字が沁みるのだ(酒買地蔵とは)。
 読み終えほーとかふーんとか言ったあと、酒飲みふたりはこの旅のお酒にまつわる安全をお願いしようとお地蔵さまに手を合わせた。

 いーはとーぶアベニューには、光原社以外にもいくつかお店が並んでいた。
 仏壇屋さんに、書店、靴屋、酒屋などがあって、気になったのは家具屋さんで覗いてみたかったけれど、なかなか冷やかしでは入りにくいなとY嬢に言ってそのまま通り過ぎた。
 そんなお店の前にはいくつか宮沢賢治のモニュメントがあり、そこにはひとつひとつ名前が付けられていた。
 花壇には「花座」、星型のモニュメントには「星座」、そして宮沢賢治のすきだったチェロのオブジェには「音座」。
「音座」は決まった時間にチェロの演奏が流れるそうで、それをわたしは持ち歩いていたはずのガイドブックで今知った。
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 通りの端まで行き折り返すと、ちょうど夕飯にと思っていたお店を発見。
 場所は事前に地図をプリントアウトしていたものの、まだあまりよく見ていなかったので探す手間が省けたと、まだ準備中の店を通りから窺った。

 最後にまた入口近くにある宮沢賢治のオブジェに近づき、Y嬢とふたり写真の撮り合いをした。
 このオブジェがまた少し前かがみになっているので、なんかこの賢治は慰めたくなるなーとそれぞれ肩に手を回したり、手を置いたりとポーズを取る。
 こういう馬鹿馬鹿しい写真は、ひとりでは絶対に撮れない。
 ちょうどオブジェの前にあった楽器屋さんの中に人の姿が見えていたが、そんなものはおかまいなしだ。
 ひとしきりそのオブジェで楽しみ、わたしたちはいーはとーぶアベニューをあとにして今度は石川啄木が新婚時代に住んでいた家へと向かった。

 いーはとーぶアベニューから歩いて10分くらいのその場所は、ビルの立ち並ぶ表通りから少し奥へ入ったところにあり、こんなところにと思うような場所にぽつんと建っていた。
 わたしはこういう名を残した人物が実際に住んでいたという場所がすきで、生活感を感じさせるものにとても惹かれる。
 その人物がどんな功績を残したかということと同時に、その人がそれをどんなふうにまさに生きていた中で成し得たことなのか。そういうことが知りたい。
 偉い人もすごい人もきっと普段は馬鹿話もしただろうし、羽目も外しただろうし、恥ずかしいこともあっただろうなと思うと人は生活するという意味ではみんな同じで、そういう人間が作る連鎖で今の時代や世の中があるのだなと実感するのだ。

 今回の啄木新婚の家は平屋のこじんまりした造りだった。
 そこには両親と妹と住んでいたそうで、啄木の妻節子とふたり使っていた部屋の傍にはふたりのための玄関があった。
 小さな部屋には小さな囲炉裏。
 3週間しか住んでいないということだけれど、この時期住んでいたとしたら、今よりもっと寒い冬の盛岡でどんなふうに寒さを凌いだのかなんてことをひとり考えていた。
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 ほんとうに小さな家だったので数10分で中を見終わり、よっこらせとばかりにY嬢とふたり長靴やブーツを履いて外に出た。
 すると建物に面した道に出たところで、家の中から扉に鍵をかける人の姿が。
 家の前に立っている案内板をよく見ると、見学時間は16時までとのこと。
 時計を見てY嬢がそのことを教えてくれて、わたしら出て行くの待たれてたんかなーと言いながら啄木の家に背を向けて表通りへと向かった。

 そのあと一旦ホテルへ戻り荷解きをして、18時を過ぎてから再び盛岡の町へ。
 夕飯はさきほどのいーはとーぶアベニューに戻り、目を付けていたお店。
 そこは盛岡市内でビールを作っているベアレン醸造所の直営レストランビアパブベアレンというところで、もちろんビールの種類は多く料理もおいしかった。

 Y嬢とは久しぶりにふたりで飲むので、いろんな話をした。
 静かなお店だったおかげで、きもちよく食事をし、ビールを飲み、話ができた。
 別に旅に出てまでしなくていい話なのかもしれないと思う一方で、今まででも旅でしかできなかった話もあったなと旅を合間にこっそり振り返った。
 と言っても、そこでそんな大それた話をしたわけではない。
 けれどそうやって旅先で誰かと話をしながら食事ができるのは楽しいなと、ちょっと忘れていた感情を思い出したのだ。
 
 メニューにあるビールはひと通り試し、最後の1杯かなというところでふたりして迷ったのがチョコレート味のビールを飲むか否か。
 物珍しさとやっぱり最後はおいしいものを飲みたいという欲望との天秤で揺れ、結局わたしは物珍しさを取った。
 味は・・・。飲めないことはないけれど、わたしは普通のビールのほうがいいと思った。
 
 飲んだあとの外のひんやりした空気は、熱りを取るにはちょうどよかった。
 昼間と同じ道を歩き、途中コンビニに寄ってホテルへ帰った。
 こうして岩手1泊目夜は更けてゆくのであった。
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by fastfoward.koga | 2009-02-25 21:48 | 旅行けば