言霊の幸わう国

岩手懐古・録  【ぬくもり】

 3日目の朝、昨日と同じように起床後大まかな支度をすませて、Y嬢とともにホテルで朝食をとった。
 部屋に戻ってから買ってあったプリンを食べ、ほな行きますかとホテルをチェックアウトした。

 1日目に来た道を戻る。
 盛岡駅に向かう道では、遅い通勤通学の人たちとすれ違った。
 何度も通った開運橋と北上川に別れを告げ、わたしたちは盛岡駅から在来線で花巻駅に向かった。
 初めての東北本線なので外の景色も眺めていたいと思う一方で、揺れの心地よさに負け30分強の乗車時間を熟睡してはいけないとブレーキをかけながらうとうとした。

 到着した花巻駅は想像以上にこじんまりしていて少し驚いた。
 盛岡駅とまでは言わないまでも、もう少し大きな造りを想像していたのだ。
 とりあえず駅のコインロッカーに荷物を入れ、駅横の観光案内所もらった地図を片手にバスを待った。

 まずはわたしが1番行きたかった羅須地人協会のある花巻農業高校へ。
 駅前からバスに乗り、教えてもらったバス停で下車してから15分ほど歩いたところにあるその場所は、近くにある花巻空港があり、帰り道には途中飛び立つ飛行機のお腹が見えた。
 どんな場所にでも感じることだけれど、行きは道すがら長く感じる。
 ガイドブックや教えてもらったのは何分だけれど、ほんとうにそんな時間で行けるんだろうかなどといろいろ考えながら向かうからだろう。
 歩きだと特にそれは強くなる。
 このときも同じように感じながら、それでもいつものようにひとりでない分、短く感じてるんかななんて思っていた。

 結局、花巻農業高校には教えてもらったとおりの時間で到着した。
 校門をくぐり、学校内を歩くというだけで少しドキドキしながら看板に導かれるまま「賢治の家」を目指した。
 門からまっすぐ伸びる道は校舎へと続き、授業中なのか校内に騒がしさはなかった。
 その道を途中で右にそれると「羅須地人協会」と書かれた入口があり、そこに立つと奥のほうに宮沢賢治が住んでいた家が見えた。
 手前には、佇む賢治。
 それはそれは、愛おしくなる姿だ。
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 わくわくする高揚感でまっすぐ最短距離で進みたいきもちを押さえながら、示されたとおりの道を辿り家へと近づいた。
 玄関前には、黒板に書かれた「下ノ 畑ニ 居リマス 賢治」の言葉。
 わたしは、これが見たくて仕方なかった。
 チョークで書かれた文字が少し薄くなっていたのが残念だったけれど、デジカメと携帯の両方に撮って納めたら満足感がこみ上げてきた。
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 ほんとうは学校の事務室に行けば鍵を借りられ中に入れるのだけれど、事務室まで戻るのが面倒になってY嬢とともにぐるり外周を歩き、あちこちから中を覗き込んだ。

 名を馳せた人がかつて住んでいたという家は数あれど、ぬくもりを感じた家はそう多くない。
 賢治の家は床の木目が柔らかく、今でも大事に大事に人の手がかけられていることが漂っていた。

 そこは、今思い出してももう1度行ってみたくなる。
 思い出して、あの家で、時間も気にせず本を読めたら楽しいだろうなと思うのだ。
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by fastfoward.koga | 2009-03-26 18:32 | 旅行けば