言霊の幸わう国

仕事人として

 今日は、年度末最終日。
 お世話になった上司や、信頼していた人が退職していった。

 元々今の会社に長く勤めるつもりはなかったわたしを、強い勧めで研修を受講させてくれた上司。
 その人がいなかったら、今のわたしはわたしでなかっただろう。

 そして指折り数えるほどしかお会いできなかった人。
 それでもその人柄に絶大な信頼を寄せ、背中を押してもらうことは多かった。
 最後なのに電話でしかお礼を言うことができなかったけれど、知り合ったみなさんに助けられてここまでこられたのは幸せなことだった、というその言葉に、その人のにこやかな表情が思い浮かび、わたしのほうが出会えてよかったと思えた。

 30年以上勤め上げたその背中は、とてつもなく大きい。
 それはもう、わたしごときが付け焼刃でどうにかなるものではない。

 先週末、会社で研修を受けていた。
 珍しく他事業部の人たちと受講するものだったので、内容は専門的なものではなくモチベーションの高め方についてだった。
 ちょうど数日前から「がんばれと言わないモチベーションの高め方」という通信教育を始めたばかりだったので、タイムリーな内容だなと研修の冒頭は思っていた。
 けれど研修を受講する中で自分を振り返っていると、自身のモチベーションについて考えざるをえなくなった。
 モチベーションを高めきれずに四苦八苦する今の状況をどうにかしなくては始まらないのだということを、認めるのが嫌で2日間という時間を持て余していた。
 でもやっぱり、逃げても問題点はそこなのだ。

 帰りの電車で、窓に映る自分をじーっと見ながら考えていた。
 65歳まで働くとして、わたしはあと30年。
 今日見送った背中のように、周囲に感謝できるように仕事人としての幕を引きたいと思った。
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by fastfoward.koga | 2009-03-31 22:51 | 一日一言 | Comments(0)