言霊の幸わう国

走れ(ぼちぼち)

 二足のわらじ生活も、早3ヶ月が経った。
 思えば、昨年よりもカレンダーの書き込みも増えたし、シフトを記したカレンダーを眺める時間も長くなった。
 毎月10日がレポート提出の締め切りなので、いつ図書館に資料を探しに行って、いつどのレポートを書くかを何度も頭の中でシュミレーションしているのだ。
 
 締め切りは毎月あるから間に合わなければ翌月に、と思わないでもないけれど、そうやっていると甘えが出てあっという間に1年が経ってしまうようで、なんとか今は自制している。
 できるだけスクーリングの授業も受講しておきたいけれど、仕事量や休まないといけない日もあるのでなんでもかんでも受けたい授業を取るわけにいかないし、スクーリング受講後はこれまた課題提出があり、それは計画には見込んでいたものの予想を上回る負担になったりもしている。

 でも、なんとかやっている(はず)。
 今では会社以外の場所で仕事のことを考えるのがかなり億劫で、その時間を大幅に削減してもいるけれど、それはそれ。
 仕事にしわ寄せはいっていない。この焦燥感も喪失感もすべては想定の範囲内だ(ただ肌荒れは予想外)。
 と、自分にくり返している。

 だいたいじっくり考えればまだわたしは自分の時間をフル稼働させているわけではないし、言うなれば力の出し具合は元々65%から70%くらいだったのが75%を少し超えるところで維持している程度。
 本を読む時間はあるし、ブログを書く時間もあるし、送別会とか飲み会とかも行っているし、旅にも出ている。
 今勉強に使っている時間は、きっとこどものころの夏休みの計画表のうめられなかった空白部分なのだ。
 そう思うと、いかに自分が今までのんべんだらりとした時計の針の進め方をしていたかがわかる。

 けれど、何年か後に振り返ったときに今を忙しかったと思うことがあるだろうかと考えたとき、そうは思わない気がする。
 比べたら今が暇だなと感じることはあるかもしれないけれど、おそらくあんな時間の使い方はもうできないとはならないだろう。
 わたしは自分のことをそのくらい冷静に見れている。
 無我夢中で周りが見えていないほどのスピード感で走ってはいない。

 そう、やっぱりすべて想定の範囲内なのだ。

 この間、初めて創作として提出した課題が添削されて返ってきた。
 ドキドキしながら止められたホッチキスを外すと、評価は「S」となっていた。
 誰かに評価や添削されるところに自分の書いたものを出したことがなかったので、自分の書くものはどの程度のものなのかわからなかった。
 ずっと、知りたいような知りたくないような思いでいた。
 
 添削された先生の言葉を読んで、初めは涙が出そうになるくらいうれしかった。
 でも3回読み返したあとに、これが終わりじゃないよなと気づくと急にきもちが引き締まった。
 まだまだ先は長いのだ。
 これはひとつめのハードルを越えたというだけで、この先ずっとチャレンジと勝負が続いてゆく。
 
 とりあえずは、卒論までの道のりをどう走り抜けるか。
 それで20000字を書き上げることができたら、そのあとはどうしようか。
 それを考えると、わくわくする。
 まだ書いてゆけると思うと、とてつもない期待に襲われる。
 ゴールはまだ見えもしないというのに、なんてこった。
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by fastfoward.koga | 2009-07-11 22:05 | 一日一言 | Comments(0)