言霊の幸わう国

あかりがつなぐ記憶

 「天若湖アートプロジェクト2009 あかりがつなぐ記憶」


 探していた灯りが見えたかもと、助手席の友が言った。
 見えないだろうなと雨の中車を走らせ向った日吉ダム。
 とりあえず、少し先にあったパーキングに車を止めた。
 すると不思議なことに、続いて2台3台と車がパーキングに入ってきた。
 車から降りた人たちはみな、友が灯りが見えたという場所へ向って歩いていった。

 人が通り過ぎたあと、車のエンジンを止めた。
 ライトを消すと、なにも見えなくなった。
 残像でカバンを手にし、傘を取り、ドアを開けて外へ出た。
 改めて外気に触れると、外の暗さが押し寄せてきた。
 少し待っても目が慣れる気配がない。
 いつもならもうぼんやり見えるものがあるはずなのにと、きもちはあせった。
 けれど前をゆく人たちが照らす懐中電灯の灯りが、道標となった。

 灯りが見えたというのはちょうど橋の上で、欄干に沿うように立っている中から「こんにちは」という声が聞こえた。
 わたしは言われたまま「こんにちは」と疑問に思わず返すと、後ろで友が「こんばんは」と返していた。
 そう、あたりは陽が沈んだあとの暗闇なのだ。
 自分の間違いを笑い飛ばした声の主は、その場所で誰に聞かせるでもない様子でダム湖に灯る光について話し始めた。

 わたしと友が訪れていたのは、かつて人が暮らしていた場所。
 日吉ダム建設で沈んでしまった、ずっと下のほうに隠れた集落。
 普段ならそんなことなど見てもわからないその場所に、土曜と日曜は灯りが点った。
 1軒1軒の家の座標軸を調べ、実行委員として参加した大学の学生たちがダム湖にボートを浮かべ正確に灯りを落としていったのだ。

 真っ暗なダム湖には、ぽつりぽつりとその灯りが見える。
 声の主は実行委員会の大学の先生のようで、沈んだ集落についてもくわしかった。
 あそこには小学校が、あそこには楽河(らくが)という集落が、こっちは世木(せぎ)という集落が、とビューポイントを案内しながら教えてくれた。 
 日曜の朝から日吉ダム周辺は強い雨が降り、浮かべた灯りのいくつかは水に沈んでしまったものもあったらしく、灯りの数は少なく頼りなげな光を発していた。
 それでも、街灯ひとつない場所では充分存在感のある光だった。

 ビューポイントを案内されながら、車を走らせては止め、走らせては止めのくり返し。
 その中で、車のライトを消した瞬間の暗さにざらっとした違和感を感じた。
 暗い中でふっと生まれるそのきもちをそのままに車を降りると、暗さは黒い布で覆いかぶさるように怖さを呼んだ。
 でも人の気配を感じるとそれも長くは続かず、残るのは暗闇に立つ自分の無防備さだった。

 途中橋の上で灯りを見ていたときに、先生が言った。
「12時を過ぎると、もっと灯りがきれいに見えるんですけどね。」
 なんでですか? とすかさず質問すると、先生はこう答えた。
「京都市内の灯りのせいで、空が明るいんです。」
 意味がわからなかった。
 友もわたしももう充分に暗さを実感しているのに、これでもまだ空が明るいとは。
 それでも空を見上げると、確かにわずかな白さが残っている気がした。

 暗闇とはなんなのか。
 走らせる車の中で、途切れ途切れ友と話をした。
 これでも充分暗いやん。でも明るいって?
 自分たちがいかに灯りに溢れた中で暮らしているのか、思い知った。

 帰り道1番初めに見つけた街灯が、通りかかったコンビニの灯りが、眩しく感じた。
 高架になった道で、ずっと向こうの、京都市内の方角が煌々と雨上がりの空を鈍く光らせるのが不思議な絵に見えた。

 帰ってきて、恐怖心を抱いたのにあの暗闇にまた身を置いてみたいと思う自分がいた。
 眠る前に目を瞑ったとき、この暗さは本物の暗さではないのだとその答えを頭の中で反芻した。
 きっと今の生活の中でわたしが暗闇を手にできるとするならば、それは眠りの世界だけなのだろう。
 でもそれは覚醒しているわたしには見えないから、手にする実感はいつまでも得ることはできない。

 そう思うと、あの場所へ舞い戻りたいという思いが溢れる。
 天女の衣でも見に纏い、ふわーっとかつて人が住まった湖のそばへ。
 そのせいだろうか、昨日は暗闇に光る灯りがいくつも見える夢を夜な夜な見ていた。
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by fastfoward.koga | 2009-08-10 22:59 | 一日一言