言霊の幸わう国

纏う

 朝晩は涼やかな空気が漂い、思ったより早く感じる秋の訪れ。
 そのスピードについてゆけず、着てゆく洋服選びに毎朝頭を悩ませている。
 袖丈を長くするために衣替えをしなくてはと思ったところで、過ぎる問い。

 大学に再び入学して、楽しい反面戸惑うこと。
 20歳そこそこの子たちが溢れかえるキャンパスに身を置き、年上の同級生たちと勉強する。
 そんなサンドウィッチ状態の自分が宙ぶらりんで、足元を確かめるために周囲を見渡しては同じような年齢の人を見つけて、わたしもあんなふうに見えるのだろうかと値踏みする。
 いいなと思える雰囲気を持っている人、痛々しいと思ってしまう人。
 そこで、年相応ってなに? 、と足踏みする。

 これまでも歳をとりたくないなんてことは決して思わず、若々しくはありたいとただ願っていた。
 でも今は、若さを求めれば求めるほど空回りし、口にはせずとも醸し出すものがすべて媚になるような気がした。
 生きている時間が長くなれば、逆らおうとしても徐々に若さは失われてゆくものなのだ。

 だったら、年相応でいい。
 いきいきさえしてればいいのだ、というように抱く思いが変化してきた。 
 
 歳を重ねるということは失うことばかりではない。
 得るものも必ずある。
 その多い少ないをちまちま数えていたら、若さにばかり捕らわれていたら、手の中にあるものに気づくこともできず、失くすだけの人生になるだろう。

 重ねた歳の分だけ纏える空気があるはず。
 衣替えをするみたいに、今この自分だから似合うものを、そのときそのときちゃんと見つけられればいいなと思う。
 で、明日はなにを着てゆこうか。
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by fastfoward.koga | 2009-09-17 23:28 | 一日一言