言霊の幸わう国

利休七則

 今月の初めに、スクーリングで「茶の湯」の授業を受講した。
「煎茶」とどっちにしようか迷って、こっちでいいか程度で選択したものの、1日目の授業、2日目の美術館巡りで意外におもしろいかもと思い始めた。
 そこに出されたスクーリング後のレポート課題が、「茶の湯の『美』について」。
 ベタなテーマだが、それだけにほんとうに思っていないことは書いても伝わらないなと、学生のわたしは書き始める前から思っていた。
 でもその一方で社会人のわたしは、忙しいんだから、1000字くらいのレポートなんてちゃっちゃと書いて次の課題に行けよ、とまるで天使と悪魔のような声が聞こえ、結局2週間ほどうだうだしたあと、なんのために今学んでいると思っているのか! と一蹴し、図書館で参考文献を探し回った。
 そして千利休について書かれたものや、『初歩の茶道』などという古い教科本を借りて帰ってきた。

 テキストと合わせ、どれも読み始めるとおもしろい。
 茶の湯が禅宗の教えを汲んでいるからだろうか、くさくさしがちな今、水が沁みるようにその教えが頭に入る。
 そんな中でも、1番胸に残ったのは「利休七則」だった。

 これは、弟子のひとりから、茶の湯で心得ておくべき最も大切なことはなにかと問われたとき、利休が答えた七つの教えである。

「茶は服のようきように点て、炭は湯の沸くように置き、花は野にあるように、さて、夏は涼しく冬は暖かに、刻限は早めに、降らずとも傘の用意、相客に心せよ」
 
 以上が、その答え(教え)なのだが、どれも当たり前と言えば当たり前のことばかりで特に難しいことはない。
 がしかし、実際7つをちゃんとやろうとすると、それは違うとすぐに思い当たる。
 要するに、礼儀と強い精神力を身につけ、生命、自然と尊び、相手を真心で持ってもてなしなさいと利休は言っているのだが、それらをできることだと思うことと、すべてやりきることとは雲泥の差があるのだ。

 そこでわたしはここ数日だけを振り返ってみても、秋の稲穂のように頭を落とすばかり。
 うーん、後世に残る言葉は意味と価値がある。そしてその分、重い。

 どうも伝統芸術は格式ばって敷居が高く感じるが、きっとやってみると興味深いんだろうなとまで思うようになった。
 いつかはやってみたい。
 でも今は、いろんな余裕がなさすぎる。
 こうやって、きっかけを失ってしまうのかもしれない。
 いやいやでも。

 という葛藤をくり返し、教科本だけ買っておこうかなと思うのは、お茶を濁しているのだろうか。
 ・・・おあとがよろしいようで。
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by fastfoward.koga | 2009-09-30 22:41 | 一日一言 | Comments(2)
Commented by akari at 2009-10-03 18:01 x
私も昔から「・・・道」の世界には惹かれるものがあり、これまでにもいくつかしてきました・・今も地味に続けてます・笑。
茶道教室には高校時代に通っていたのですが、道の世界は一見難しく思えるけど、実際にその流れが身体に染み付いてくると、実はまるで無駄な動きがひとつもないことに、やがて気がついてゆく、というプロセスがすごく好きです。・・そう思えるまで本当に頭も目もチカチカするんですけど・笑(おまけに覚えも悪い私・・汗)
Commented by fastfoward.koga at 2009-10-04 08:26
akariさん、おはようございます。
いつもながらakariさんの興味の幅の広さと行動力に感心します。
わたしはやってみたいと思いながら、なかなか手を出せないタイプなので・・・。

無駄のなさというのが、わたしもポイントでした。
すべてに意味があるところが美しさなのかな、と。
でもその反面、それを全部覚えるのかーと思うと、わたしも冷や汗です(笑)。