言霊の幸わう国

消費するものしないもの

 モノは消費するもの、いつかは捨てるものだと、思っているところがある。
 ところがある、という若干回りくどい言い方をするということは、そうでないものもあるということで(これも回りくどい)。
 わたしの場合は、やはり本は捨てない。本は収集するものだと思っているから。
 あとはなにかあるだろうか、と考えて、本ほど執着するものはないように思う。

 ただ、ひとまとめにはされないだけで、モノひとつひとつを気に入ればそれは長く使いたいと思っている。
 例えば身近なもので、時計、財布、定期入れ。
 使い勝手がよく、デザインも気に入っていると、使い込むうちに愛着も湧くのでなおのこと。
 できるだけ長く、手許に置いておきたいものだ。

 逆に消費すると分類をするものは、洋服、靴、カバン、文具、日用雑貨(シャンプー、石鹸、歯ブラシ)など。
 特に文具と日用雑貨は、使い切ったときの達成感がたまらなくすきだ。
 歯磨き粉をもう無理というくらいまで出すとか、消しゴムを持てなくなるまで使うとか。
 今日も会社で使っていた3色ボールペンの最後の赤を使い切って、とても清々しいきもちになった。
 ゴミ箱に入れるときには、明るく爽やかにさようならと別れを告げられた。

 でも洋服や靴、カバンは違う。
 例えば、昨年の秋に買った靴。
 予算オーバーだったけれど、何軒も靴屋を探し回って、最後はこれしかないでしょうと力強い決断で購入した。
 でも履きすぎて、しかも雑な履き方をして、踵や爪先が磨り減って再起不能に追いやった。
 それから、3年前から毎年ローテーション入りをしていたグレーのカシミアのカーディガン。
 薄くて暖かいし、似合う色のグレーだったから何度も袖を通した。
 でもこれもいつの間にか引っ掛けた穴が大きくなってしまい、もう繕うこともできない。

 消費するものだと分類している割には、気に入って身につけていたものは手離すときには少し胸が痛い。
 新しいものを買えばいい、そのときの流行を取り入れなくては、と新しいモノを欲する一方で、これの代わりはないのだという事実を知ると途方に暮れる。
 後悔先に立たず、である。
 わたしが大切にしたいものを、消費するものだ、いつかは捨てるものだと思い込んでないで、大切に扱いさえすればよかっただけなのに。
 だいたい、これらを消費するもののグループに入れていたのが間違いだったのだ。

 さっき、やっと黒のロングブーツを箱から出した。
 収納はハハに任せていたので場所を教えてもらっていると、ハハがずっと昔に履いていた(おそらくわたしがこどものころ)茶色のショートブーツが出てきた。
 中がファーになっているローヒールのブーツだ。
 ハハが履き潰そうかなと言っている横で、ちょっと履かせてと試しに足を入れてみた。
 サイズも合うし、1度鏡の前で合わせてみると部屋に持って上がった。

 改めて履いてみたけれど、素足の部分に触れるファーがきもちいい。
 甲の納まりもいいし、ジーンズに合わせたら今でも履けそうだと、鏡を見て思った。
 いつもは、ハハをモノが捨てられない人だとわたしは責めている。
 が、このタイミングでやってきたブーツにその口は固く閉じた。
 これは、思し召しだ。
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by fastfoward.koga | 2009-10-15 21:03 | 一日一言 | Comments(0)