言霊の幸わう国

意中の人

 スクーリングで、先生方はよく、たくさん本を読んで自分に合う作家を見つけなさいと言う。
 それを聞くたびに、「先生、わたしにはすでに意中の人がいるのです」といつも心の中で思っている。

 読んでいて、この人の書くものがすきだとかきらいだとか思う要素は書かれている内容だけでなく、言葉遣いであったり、テンポやリズム、段落のとり方、点の打ち方など、いろいろなものから成り立っている。
 すきな作家は何人もいるけれど、それも昔やったことのある心理テストと同じで、ともだちにするなら、恋人にするなら、結婚するなら、浮気するなら、というように好みの度合いも様々ある。

 今朝新聞の書評欄を広げると、堀江敏幸氏の新しく出版された『正弦曲線』が紹介されていた。
 それを見つけて、わたしは即座に座椅子から下りて絨毯の上に正座した。
 新聞の外側に左手をつき、体を支えて読む。
 上下に小刻みに視線を動かす間に、右側に添えられた写真をちらりと見つつ全文を読み終えたあと、あぁだからこの人がすきなのだと、突如答えが下りてきた。

 「思いがけないできごとをきっかけに堀江さんの記憶の引き出しが次々に開き、昔読んだ本の一節が呼び起こされる。」

 この人の書く散文は、記憶の積み重ねの中からそっと引き出されてきたものばかりだ。
 先日読んだ『背表紙の彼女』でもその記憶力にあっと驚かされるのだけれど、記憶に引っ張られすぎて後ろへ倒れそうになることが多いわたしとしては、この人の記憶の引き出しとの付き合い方に憧れる。
 時に疎ましく感じる記憶を、それでも付き合ってゆかねば自分として生きてゆけないのだと静かに諭すようなその文章にわたしは心惹かれる。
 
 これはもう、『正弦曲線』を明日買いにゆかねば。
 でも今晩、この高揚した思いは静まりそうもない。
 『回送電車』あたりでも読んで、とりあえずは凌いでおくしかないだろう。

 それにしても、胸がはやる。
 まるでデートの前日だ。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-11-01 22:57 | 一日一言