言霊の幸わう国

幸せのエビフライ

 17時30分、業務終了を告げるチャイムが鳴った。
 わたしはいつもと同じペースで片づけをしていたが、今日は日ごろ一緒になったことのない人たちとエレベータに乗った。
 狭いエレベータの上部に漂うふわふわした空気。
 見えはしないが、きっと色は薄いピンクだろう! と、ひとり上目遣いであたりをつけた。

 エレベータが1階に着き、扉が開く。
 どっと人が吐き出され、表と裏にあるドアに向って人がちりじりに散ってゆく。
 透明の足が、スキップしそうな勢いだ。

 ひとりささっとドアを抜け、ビルの前の横断歩道が青に変わるのを待った。
 背中にまだ感じているふわふわざわざわを暗がりで振り返り、ああそうか今日はクリスマスイブなのだと、12月24日という日付ではなくその賑やかしい名を噛みしめた。

 駅までの道、誰もがクリスマスイブに浮き足立っているように感じたのは、錯覚か。
 人を見て、自分が寂しいのか何度も自問自答しながら、わたしの足は朝から決めていた本屋へ。
 初夏あたりから持ち歩いていたメモを片手に、背高のっぽの文庫本の棚の間を何往復もした。
 結局20分ほどで、左手いっぱいいっぱい、5冊を棚から抜き出し、えいやーっとレジまで運ぶその手前、『BRUTUS』が目についてしまい最後の最後で右手が動いた。
 だって表紙に「本が人をつくる。」って書いてあってんもん。しゃあないやん。
 と、ひとりごちてお会計を待った。

 改札前は、花を買う人、ケーキを買う人、待ってる人、向ってる人でごったがえしていた。
 鮮やかな色の紙袋を持つ人が多い中、わたしは地味にジュンク堂の紙袋。
 これもよし、これもまたよし、と、ひとり心で頷いた。

 駅からベスパを走らせていると、住宅街に差し掛かったあたりでぷんといい匂いが鼻をついた。
 いつもより濃い匂いがした気がするが、それも気のせいか。
 最後の信号では、さあ我が家の献立はなんだろうと、前の車のテイルランプを見つめながら考えていた。

 ドアを開けると、油の匂い。
 揚げ物だ、と鼻のほうが先に反応し、そのあと視線がエビフライを捉えた。
「まぐろの漬丼食べる?」と言うハハに、食べると返事をし、食卓に付くとエビフライは3尾。
 わたしの心はまぐろより、エビフライにずずずと傾いている。
 こどものころてんぷらのときは必ず食べる前に、「今日は何匹?」と食べていいエビの数を聞いていたことを思い出しつつ、しっぽギリギリまでエビフライを口にくわえた。

 幼いころは食べられなかった3尾目を皿に残したまま、そこでまた今日がクリスマスイブだと思い出した。
 そう、クリスマスイブだからエビフライだったのだ。
 もう口に出して聞いたりしなかったけど、きっとそう。間違いない。

 今日は、クリスマスイブ。 
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by fastfoward.koga | 2009-12-24 21:28 | 一日一言