言霊の幸わう国

他力本願スロースターター

 帰りの電車で、膝の上で電卓を叩いている人を見かけた。
 ノートと参考書らしきものが開いてあったので、勉強していたのだろう。
 その姿から、自分も同じように電車で電卓を叩いていたことを思い出した。

 高校を卒業して入った大学でのことだ。
 2回生の1年間、2週間に1度の金曜日に心理学を専攻するために必修だった実験の授業をとっていた。
 実験後のレポート提出は、翌々週の水曜日。
 その実験が終わった帰り道、電車で結果の統計をとるためによく電卓を叩いていたものだ。
 JRのボックス席で一緒に乗り合わせたサラリーマンのおじさんにちらっと手元を覗き込まれたりしながら、この勢いに乗ってしまえ! とレポートの準備に必死だった。

 そんなことを振り返っていると、人はそう簡単には成長しないのかとため息が出る。

 そのあとのわたしは電車の中ですべてやり尽くした気になって、実際レポートに手をつけるのはいつも提出日の3,4日前だった。
 完全に1週間はほったらかし。
 しめ切りが近づかないと課題に手をつけられないのは、ほんとうに変わらない。

 今は毎月10日が、レポート提出のしめ切り。
 今月がリミットのエッセイの課題は、年越しでネタを考え続けた。構想時間だけは、一人前。
 お手本にしたエッセイの本2冊をくり返し拾い読みしては構成を考え、考えたらとりあえずパソコンの前に座って書き出せばいいのに、文字数が少なかったらもう書けないかもと、ビビッてなかなか書き始められなかった。
 三が日家にこもっていたのは書く環境だけは整えようと思ったからで、3日の夕方になんとか書き上げたときは推敲もまったくしていないのに、それだけでほっとしていた。

 でも、おととい赤ペン片手にプリントアウトしたものを読み返したらあれもこれも気になって、結局冒頭部分はバッサリなくして、構成からやり直した。
 あれだけ時間をかけたのにほんとうに書きたいことが自分でも絞りこめておらず、ガタガタしたまとまりのない文章になっていた。

 ・・・ほんとうは、書いているときからそのことに気づいていたのだけれど。
 とりあえず書かんという思いだけで最後は押し切った。
 でもやっぱり、自分にフタをしたらあかんなあ。

 書き直しは、やり始めるとキリがない。
 よし、これでいこう! と力強く思いきれることは、書いていてほんとうに少ない。
 時間切れで終わるパターンが圧倒的だ。
 こういうやり方は、もしかしたら本能でケリをつけるためにやっていることやろか、なんて思ったりする。

 まあ、ともかく、課題は明日中に仕上げなくてはならない。
 どうか明日のこの時間には終わっていますように、と誰になく祈ったりして。
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by fastfoward.koga | 2010-01-07 22:14 | 一日一言