言霊の幸わう国

空き容量

 今日は、燃やさないゴミの日だった。
 昨日、ブログを書いたあとそのことを思い出し、また片づけを始めた。
 抽斗から取り出したのは、20歳前後に使っていたテープレコーダーとCDウォークマン。
 充電池もいかれていたし、もう使う機会もないだろうと、数日前に処分することを決めていた。

 そして同じ抽斗には、携帯がゴロゴロ。
 もう少しないかと思っていたら、歴代の携帯電話が5つ。
 どの順で使ったのかも、思い出せなかった。

 思えば、携帯ほど自分と密着し、かつ秘密を知っている持ち物はないだろう。
 誰にも見せたくないのは、メールや着信や発信履歴だけじゃない。
 ダウンロードした着メロに着うた。
 留守番電話に残されたメッセージ。
 古いメモリを削除するために充電器につないで電源を入れると、もう手に馴染まなくなっているわりに、小さなウィンドウに映るサインやイルミネーションを見たら、そのときの恋愛を思い出した。

 新しい機種に持ち替えると、ついつい古いもののことは忘れがち。
 わたしは失恋すると相手の連絡先はすべてその場で捨ててしまうから、そのとき使っている携帯から形跡はすべて削除するけれど、感情が高ぶっていると抽斗の中まで気が回らない。
 昨日久しぶりに電源を入れて、あらあら、と思うものがいくつか出てきた。

 それらを、ひとつずつ丁寧にデータを削除してゆく。
 もう忘れて支障のない、すきだった人からの着信履歴。
 数年前のお見合い相手に送った素っ気ないメール。
 着信を無視するために、わざと残していた人の電話番号。
「削除しました」というメッセージが表示されるたびに、手の中の携帯がどんどん軽くなるような気がした。

 いやいや、軽くなったのは、わたしのほうでしょう。

 自分のやってきたことを消せないことは重々承知しているけれど、忘れてもいいことをハイ、さようなら、と手を離す瞬間を実感することは、詰まり気味だった胸の容量が増やせたようで軽くうきうきする。
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by fastfoward.koga | 2010-01-12 22:02 | 一日一言