言霊の幸わう国

 日曜日の夜、同級生が亡くなったとメールが届いた。
 中学のとき同じクラブだった男の子だった。
 
 連絡先も知らないし、みんなで集まるとき以外に会ったことはなかった。
 でも最初にメールをくれたともだちに返信するメールが、なかなかうまく打てなかった。
 しかも肝心なことをなんにも書かずに送ってしまった。

 町を突然襲った竜巻に飲み込まれたようだった。
 渦の中で、ぐるぐるぐるぐる引っ張られている気がした。
 電話をし、メールが届き、電話がかかり、ともだちに会い、メールを送信し。
 数時間の間に、頭はついていっていないことを自覚しながらも、ひとりひとりそれぞれやらなくてはいけないと思ったことをこなしていた。

 みな、信じられない、と口にした。
 わたしも実感など湧いてこなかった。
 誰もがお通夜というひとつの現場に立ち会えば、これがほんとうのことだと認められるかもしれないと思っていた。
 でも遺影を見ても、棺の中の顔を見せてもらっても、少なくともわたしはよくわからなかった。

 お通夜のあと、何人かで夕飯を食べようと近くのファミレスに入った。
 ひとりひとりがパズルのピースを持ち寄って、この数日間に起こったことを整理した。
 ひとしきりため息と沈黙の時間を過ごしたら、話題は自然に学生のころの話になった。
 あまりに馬鹿な話ばかりで、わたしは「あほちゃう」、「なに言うてんの」と口を挟んだ。
 そういえば昔も、口癖のように同じことを言っていた気がした。

 誰ひとりアルコールは口にしなかったけれど、誰もなかなか帰ろうと言い出せなかった。
 帰ってからもアドレスがわかっている者同士は、一斉送信でメールを送り合った。

 日曜の夜、なにもすることがなくなってしまったら、ひゅっと中学のころのことが頭に浮かんだ。
 それはもう遠くて、古いドラマの映像みたいに思えた。
 確かに自分が経験したことなのに、ふわっと飛んでいきそうだった。
 その夜も、次の日の夜も、亡くなったともだちが夢に出てきた。
 火曜日の朝は、ずっと棺の中で目を閉じていたともだちの顔が何度も思い出された。
 昔と変わっていないわけはないのに、変わっていないと感じた、わたしの知っている彼の顔だった。

 休めばよかったと後悔しながら会社に行き、告別式の時間はぼんやりパソコンの時計を見ていた。
 もともと数年に1回会う程度だから喪失感などないに等しいはずなのに、どうしてこんなに気が重いのかと考え続けた。
 そうして、何度もみんなの間を行き交ったメールの中に、自分が書いた言葉で気がついた。
「飲み会したら、ひょっこり顔出しそうやな。」

 そうか、もう会えないというのはそういうことなのだ。

 お通夜の席で、何度も心の中で「ほんま、なにやってんのよ」と突っ込んだ。
 これもわたしがよく言ってた言葉だ。

 時間が止まったり、戻ったり、ゆっくりになったり。
 時差ぼけみたいな1週間だった。
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by fastfoward.koga | 2010-02-12 22:33 | 一日一言