言霊の幸わう国

おいてけぼり

 ときどき、昨年の誕生日にもらった日本地図を広げる。
 最近はずっとちらつく場所がいくつもあるから、適当に開いたページからそこまで、じいっと春を待つようにページを捲ってゆく。
 あの町とこの町はこの道で繋がっているとか、あの山はこんな場所にあるのかとか、知っている場所と知らない場所を繋ぎ合わせて、ページの上にさらに地図を描く。

 今日もそんなことをしていたら、胸がざわざわした。
 旅に出たくてうずうずするとも違う、呼ばれていると感じるのとも違う、新しい感覚。
 少し、鼓動が早くなった気がした。

 旅は、いつもひと筆書きがいい。
 放射線状に伸ばすより、自分の思いや感覚や記憶を目印のように落としながら、延々と歩く。
 そういうのが、いい。

 例えば後ろ髪引かれて元の場所に戻っても、それはそれ。構わない。
 迷走して同じとろこをぐるぐる回っても、巡るたびに見えるものは違うのだ。
 同じものを求めていたって、それはやっぱり初めてではない。
 色を重ねるように、白い紙にはその度記憶がのせられてゆく。

 ベッドの上にほったらしにしていた地図を、ケースにしまい、いつもの場所へ戻した。
 厚みがあるせいでひとりでもしゃんと立つ地図を見て、ふと思いついた。
 さっきのざわざわは、閉じた地図のどこかをすでに旅している別のわたしにおいてけぼりにされたざわざわなのかもしれない。
 仕事もせずにひたすら記憶の石を落として、今ごろわたしはどこを歩いているのだろう。
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by fastfoward.koga | 2010-02-15 22:16 | 一日一言 | Comments(0)