言霊の幸わう国

ひとひらの記憶

 その年の桜は、京都でも大阪でもない場所で見た。
 訪れるのは2度目の、大きな川沿いの両側に桜は咲いていた。
 相手は少し背が高いので、親に掴まるこどものように、曲げた左肘に引っ掛けるように右手を添えた。
 掌には、何度か触れたことのあるフリースの感触。
 きもちがよかったので、1度掴んだあとに手を大きく広げ、指の間で挟むようにその感触を掌いっぱいに楽しんだ。
 桜は八分咲きぐらいだったか、満開だったか覚えていない。
 ただ、目線をまっすぐにすると、川沿いにずっとピンクの帯が続いていたことは覚えている。
 どこまでも桜が続いてゆくから、立ち止まるタイミングがわからなかった。
 遠くを見、近くを見、どうしたら目の前の桜を愛でられるのか、隣にいる人をひっくるめたこの時間と感情を長く保っていられるのか、ひとり考えていた。
 そのとき、この景色や思いを忘れずに覚えておこうと思っていたわけではない。
 でも記憶に残しておきたいと思っていのだろうということは、今思う。
 今なら自分が胸に抱いた思いをそのまま言葉にしてしまえばいいのかも、と思えるけれど、そのときはそんな余裕すらなく、ひたすら短いひとときが崩れてしまわないようにと願っていた。

 今夜こうしてその記憶を抽斗から取り出してみたら、意外なほど軽く、花びらのようにふわりとしていた。

 今日、会社帰りに通る公園の桜が雨に濡れているのを見た。
 どうかひとひらも花びらが雨に落とされてしまわぬようにと、頭の中で、桜の木にレジャーシートのようなカバーをかけた。
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by fastfoward.koga | 2010-03-23 21:13 | 一日一言 | Comments(0)