言霊の幸わう国

春の夜

 駅に向っては。
 つり革を握っては。
 会社のデスクでパソコンを前にしては。
 洗面台の鏡の前に立っては。
 あるべきもの、いつものピンキーリングがない小指を、何度も手をひっくり返して眺めた。

 朝、ベスパを降りて手袋を外したときにカン、だかキン、だか音がした。
 いつもなら鳴らない音に耳は反応した。
 でも指の感覚は頼りなげで、自信がなかった。
 一応手袋にもう1度手を突っ込んでみたものの、予想した感触は得られなかった。
 今ではすっかり右手小指に馴染んでいたので、着けていなくても着けている気がするくらいだから、うちに忘れているのかもと思った。
 ほんとうはそれも半信半疑だったけれど、駅に向いながらうちに電話をしてハハに確認してもらった。
「ないよ。」
 期待はみごとに裏切られ、数10メートルを戻り、ベスパの周辺をかがんで見回した。
 でも見つからなかった。
 だったらカバンの中にあるかも。
 電車の時間を気にするあまり、あり得ない期待を思い浮かべてその場をやり過ごしてしまった。

 今日は1日、失くすことについて考えた。
 まるで失恋したときのようだと、喪失感に浸っていたら、ピンキーリングを着けはじめたときに自分がブログに「恋愛みたいだ」と書いたことを思い出した。
 たかが指輪、されど指輪。
 手に入れても失っても、恋愛に例えるくらい大切で身近なものだったのだと、改めてその存在を噛みしめたところで、戻らないって辛い。
 久々に胸に詰まる思いをして悶々としていたら、ほんとうに怖くなった。
 このまま突き詰めていったら自分自身こそ見失いそうだとブレーキがかかったのだろう、見つからなかったらまた同じものを買おうと思いついたら、きもちが少し楽になった。
 でも、これはモノだから、モノの中でもそれができるモノだから。
 人だったら、そうはいかないのだと気づいたら、きもちはまたどんよりした。

 会社に着いてから、カンだか、キンだかの音が鳴ったのだからないとわかっていながらも、カバンの中身を引っくり返した。
 ないことを確認したら、あとは引き算して、残るはやはりベスパ周辺で落としたのだと確信した。
 誰にも気づかれませんように。
 どこにも持っていかれませんように。
 会社の中で、ずっとバイク置き場で息を潜めている指輪の様子を頭に描いていた。

 今日1日で、癖に気がついた。
 親指で小指から浮いたピンキーリングを付け根に戻そうとすること。
 歩いているときは、右手は軽く握りしめていること。
 揃えた薬指で、隣の指の指輪の位置を確認していたこと。
 ピンキーリングを着けるようになってから自然にやっていたひとつひとつの動作が、その不在をより大きくしてきもちをどんよりさせた。

 最寄り駅に戻って改札を抜けてからは、ありますようにと何度も口の中で唱えた。
 辿りついたバイク置き場は思ったより暗く、屋根の隙間から吹き込んでいた桜の花びらを落ちていた葉っぱで掻き分けた。
 そうやってベスパのぐるり1メートルを探したけれど、きらりと光るものはなく。
 ないとわかっていながら、朝1番に思いついた手袋を裏返してみる。
 ない。
 その横に入れていたタオルを広げる。
 ない。
 タオルを戻しかけてやめ、その奥のオイルボトルを持ち上げ、覗き込む。
 ピンキーリングはそこで眠っていた。
 
 今日1日、指輪のことを考えそわそわしながら、YUIの『CHE.R.RY』を歌っていた。
  「恋しちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょう?
   星の夜 願い込めて CHE.R.RY
   ~指先で送るキミへのメッセージ」
 数日前から歌うハナウタ。
 どうしてそんな歌を、サビしかわからないというのに歌ってしまうのか自分でも謎。
 でも歌うと、桜の花色が脳に広がる。

 月曜日は午前中で仕事を終えて、新幹線で名古屋へ向った。
 2シートの通路側の席に落ち着くと、窓際の席のおばさまはたいして陽射しもないのにブラインドを半分下ろしていた。
 外の景色は見えない。
 でも何度となく通った場所だ。
 現在位置を確認しなくても、新幹線は間違いなく目的地へ進んでいる。
 月曜日だというのに眠くて仕方なくて、でも1時間ぐらいじゃ寝る気にもならず、箱のような車内で時間と距離の進み具合に体を摺り寄せて感じていた。

 名古屋駅に到着したのは14時。
 そこからは年下のかわいいともだちと一緒に、花見。
 その友人が探してきてくれた山崎川の桜を、新瑞橋から桜山まで眺めて歩いた。
 その場所は、数えてみれば9年前、すきな人と歩いた場所だ。
 数週間前に名古屋で花見を、という話になったとき、そのことを思い出して文章に残したあとだったから、思わぬ偶然に笑った。
 でも予感していたような、していなかったような。
 たった1度歩いただけだから目印になるようなものも見つけられず、初めてと言ってしまってもいいような気もするけれど、川と桜のバランスや人の流れ、地下鉄との位置関係など、刷り込まれた記憶は確かにあった。
 おかしなものだと、思う。

 桜を見上げてはしゃべり、写真がうまく撮れないと言っては歩いていたら、桜並木は突然終わった。
 あまりの桜の木の多さに、あり得ないと思いつつもずっと続いてゆくような気がしていた。
 終わってしまえば、長いはずの地下鉄4駅分はあっという間だった。
 この先桜がもうないとわかった時点で、わたしたちは駅へと向かって歩き出した。
 駅は、たぶんこっちだと思うとわたしが言った。
 道を進むにつれ、背の高い建物がだんだん近づいてきた。
 以前はなかった建物だ。
 そばまで来て1番の角度で見上げながら、そこにいるとは深く考えず、その人がただ元気にしているのかとほんの少しぼんやり考えた。
 そうこうしながら大きな通りまでやって来ると、今度こそはっきりと見覚えのある景色が目の前に広がった。
 地下鉄の出入り口に、角のコンビニ。
 朝も夜もかつて見たその場所を、もう1度だけ見て、階段を下りた。

 小さな移動をくり返しながら、夜は感じのいいお店に落ち着いた。
 夕方にケーキを食べてしまったので、そこではゆっくりしたペースで飲み始め、その日のもうひとりの主役との出会いを待った。
 わたしが座った席からは外の様子がよく見え、街灯に照らされた歩道を行き交う人の姿や道路標識が目に入った。
 1時間ほどして待ち人がやって来てからはそれほど外は見なかったけれど、話をする合間に残像の標識から名古屋の地名をいくつも思い出し、自分の現在位置を忘れないようにしていた。
 それぞれが積み重ねてきた縁を紡いで辿りついたその日。
 不思議だなあと、3人が3人とも口にした。
 別れ際は、振り切るほどのテンションの高さこそなかったけれど、テーブルに漂う馴染んだ空気を名残惜しく思っていた。
 でもこれも不思議なことに、また会えるんじゃないかという予感を抱いていた。

 最終のひとつ前の新幹線に文字どおり飛び乗り、上着も脱がずカバンを膝の上に抱えて通路側の席に腰掛けた。
 車内は眠っているかひどく疲れた顔をした人が多く、照らす灯りが余計に白々しかった。
 行きとは違い、窓の外の景色をひとり占め。
 でも外は暗く、たいして眺めるものもない。
 それでもその暗さを頼りに、その日1日を反芻していた。

 22時半前に店を出たというのに、結局乗り継ぎがよく日付が変わる前にうちに着いた。
 大阪で飲むより早く帰れるのかも、と思うと、今まで蓄積してきた距離感と時間の感覚が揺らぎそうだった。
 携帯を手に、うちに着いたとふたりにメールしながら、間違いなく自分はさっきまであの場所にいたのだと、また残像の道路標識を思い出していた。
 
 火曜日は、ずうっと余韻に浸っていた。
 住む町を離れるという浮遊感は、毎回違う距離感と時間の感覚を生み、その小さな違和感でもってわたしを透明にする。
 ここに留まりたいような、どこかを漂っていたいような。
 もうずっと、長い間、その間で揺れ続けているせいで、ほどよい振れがないと自分が石のように硬くなってしまう。
 帰りの新幹線で、その振り加減がほどよいところにあることに気がついた。
 数ヶ月間澱んでいたものが、さあっと晴れた瞬間だった。

 火曜の夜になると、さすがに睡眠不足でそんな思考を巡らせられないほど疲れを感じさせたけれど、乗り換えの駅のホームに立っていたら、ふと体が軽くなった。
 春特有の生ぬるい風が、頬や首を舐める。
 眠気と疲れで目を閉じると、そのままベンチできもちよく眠れそうだった。

 不思議な1日の余韻は、まだ続く。
『CHE.R.RY』を歌いながら、戻ってきた指輪の感触を確かめながら、春の夜は続く。
 意外にも、桜はまだ散らない。
 桜は不老不死の薬でも飲んだのだろうか。


追伸 : 不思議な夜にお付き合いくださったふたりの友よ、どうもありがとう。楽しかったよ。
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by fastfoward.koga | 2010-04-07 22:30 | 一日一言