言霊の幸わう国

これを後悔と呼ぶのか

 明日付けの人事異動が多く、今日はあちこちで挨拶と引っ越しの準備。
 関係ないわたしは、前日から引きずったシステムトラブルで午前中は手を取られ、そのままの勢いで1日が終わった。
 赴任先が遠い人が、午後からひとりふたりと大きめのカバンを手に去ってゆく。
 しんみりしないように、お礼を言って送り出した。
 夕べ、眠りにつく少し前、明日はどんなきもちになるのだろうと考えたり、ドラマのような出来事が起こらないかと妄想したりしていた。
 でも現実は伝えたいことも伝えられないまま、お別れの時間がやってきた。
 なにもできないまま会社を出ることになるなとためらう反面、声をかける勇気のほうがもっとないからと、なんにもないような顔をしてエレベーターに乗った。
 会社の前の交差点で信号が青になるのを待つ間、駅までの道のり、電車に乗ってから、自分のきもちが不思議と後ろ髪ひかれていないことに気がついた。
 ああそうか、自分は勇気の出せない自分でいいと思ってしまったんだなあと横断歩道を渡った。
 でもうちに帰ってベッドにごろんとなって、自分の感情を持て余している、と心の中で感情が言葉に自動変換された。
 バカばっかりが出ているTV番組やかみ合っていない両親の会話にイラッとし、気分を変えてくれるなにかを求めて音楽や雑誌や本を手にする前に頭の中に思い巡らせて、そんなところに本質があるんじゃないということを数10分経ってからやっと認める気になった。
 このままふてくされて寝てしまおうかとも思ったけれど、こういうことこそ書いておかなくっちゃいけないんじゃないかと起き上がり、今書いている。
 バカも残せば、あとで役に立つかもしれないし。
 こうしてあと数時間でカレンダーは新しいページになり、2010年という1年は折り返し地点を通過する。
 ツーンとする感情は、明日に持ち越しなどせず、ここにおいてゆきたいのだけれど。
 いつか、もしかしたら数日くらいで、6月の終わりはそんなことを思っていたなと思い出すかもしれない。
 そのくらいの思いだからなんでもないような顔をして帰ってきたという部分も、意気地なしなだけじゃなく確かにあるのだ。
 でもこの感情を思い出したとき、瞼の裏に立ち姿が現れて、頬杖でもついてふふふと苦い笑いを洩らすだろう。
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by fastfoward.koga | 2010-06-30 20:32 | 一日一言