言霊の幸わう国

微熱

 眠れないはずはないのに、眠れなかった。
 理由を考えるよりも眠くなる考えごとを、それでもダメなら寝なくても死なないと、そんなことを言い聞かせながら目を閉じていた。
 でも頭の中の芯が疲れた様子を見せることはなく、しばらくして電気をつけた。
 残り半分ほどある文庫本を開いて、少しぼんやりするまで読み続ける。
 今だと勇んで再び目を閉じるも、眠りのしっぽは捕まえられず、扇風機を回してみたり、エアコンを除湿にしてみたり環境の変化で自分を騙そうとした。

 でも、頭の中はびくともしない。
 一向に眠気に誘われる気配もない。

 これはもうダメだとテレビをつけて、スポーツニュースを眺めた。
 番組が終わると手持ち無沙汰になり、1度は灯りを消したけれどまたつけた。
 結局読みかけの文庫本は最後の短編まで辿りつき、そこでやっと眠れそうな気がした。
 ふとんに入ってから、2時間半。
 珍しく長い格闘だった。


 眠り支度をしているとき、急に、少しだけ音楽が聴きたくなった。
 andymoriの『ロックンロール』を聴こうと、プレイボタンを押したあとつまみを回して1曲目を飛ばそうとした。
 すると流れてきたのはくるりの『すけべな女の子』で、そこで掃除をしたとき入れ替えたことを思い出した。
 ちゃんと初めから聴こうと、再びつまみを元に戻して1曲目に。
『地下鉄』が始まり、ベッドの上で伸びをしながら目を閉じた。
 足のだるさが気になり、2曲分はストレッチをする。
 次第に音ではなく声に耳が傾き始め、きもちが集中していった。

 CDケースを手に、曲順を確認する。
 7曲目の『The Veranda』まで聴いたら寝よう、とそのときは思っていたのだ。

 歌詞を聴きながらも、頭の半分は夜届いたメールに気をとられていた。
 文章と行間に相手の微熱を感じたのが、引っかかった。
『さよなら春の日』、『真夏の雨』、『帰り道』と聴いているうちに、涙がぽろっと出た。
 宙に浮いている自分の感情が、ひどく頼りなかった。
『真昼の人魚』まできたら、6月の初めの京都会館でこの曲を聴いたことから連想し、今さらながら戻らない時間の重さがあることを思い出し、また少し涙が押し出された。

 眠でもれなかった理由は、それではない。
 何度目かで灯りをつけたとき、そのことを確認しようと既読メールをいくつか確認してみたけれど、湧き上がる感情はなかったのだから。
 ただ人さまの微熱に、当てられたのだ。

 相手うんぬんというよりは、自分の思いが不確か過ぎる。
 最近いつも誰かの感情を鏡にして、自分の胸の中にあるきもちに気づく。
 そのことを、知らんぷりしているだけなのか、見過ごせるほどのことなのか。
 ずっと判別がつかないまま、時間は過ぎる。

 さすがに今日は眠い。
 なにも考えずに、もう寝たい。
 そうして今夜も『真昼の人魚』を聴きながら目を閉じる。
 まぶたの裏には、薄紫のカーテン。
 熱帯夜の夜は長い。 
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by fastfoward.koga | 2010-07-20 22:39 | 一日一言 | Comments(0)