言霊の幸わう国

文章補給

 土日、今年度に入って初めて専門科目のスクーリングを受講した。
 久々に会う顔にきもちがゆるりとなり、みなお互いにレポートの添削内容のことや卒論のことなどを話した。
 そのことが、胸のもやもやの解決に直結的に結び付くわけではないのだけれど、2日間のうちに、自分は空回りをしていたなあと思った。

 今年受講しようと年度当初に立てた科目のほとんどが昨年よりも難易度がかなり上がっていて、テキストを数回読むだけではレポートなど書けるようなものではなく、1年間身についたように感じていた勉強方法では、まったく太刀打ちできなかった。
 とにかくテキストを読まなくては始まらないと、時間を見つけてあちこちで開いてみても文章がうまく頭に入らないし、創作系の課題は出されたお題からピンとくるものはないしと、そこでまたペースダウンした自分に焦りを感じていた。
 このもやもやを脱するためになにかヒントがもらえないかと、声をかけられた誘いは断らないように、行きたいと思った場所には行くようにしていたけれど、これもまたやりすぎると逆効果で、受信容量オーバーギリギリになってさらに自分の首を絞めた。

 もやもやしていて1番しんどかったのは、読みたい本が読めないことと、書きたいことを、頭の中で整理をつけられず放置してしまうことだった。

 スクーリングを終えた翌日、仕事帰りに本屋へ向った。
 初めはレポートに必要な本だけを買うつもりで本棚の間を歩いていたのだけれど、途中ふと、心の中で、1冊だけならすきな本を買っていいよーという声が聞こえた。
 その声を噛みしめてしまいすぎてタイミングを逃さないように、通路を行ったり来たりせず、レジまでの間にあった森見登美彦の『きつねのはなし』の文庫本をささっと選んだ。
 そうして帰りの電車では、旅の間も持ち歩き続けた須賀敦子全集をカバンにしまったまま、『きつねのはなし』を丁寧に丁寧にページを捲っては読んだ。

 4分の1くらいは、帰り道で読んだだろうか。
 続きが気になって、うちに着いて自分の部屋に戻ってから、今週はテレビを付けないでおこうと決めた。
 部長は夏休みでこの1週間残業をしなくてもよさそうだから、夜はゆっくり部屋で本を読んで、読んでいる間にブログが書きたくなったら書けばいいと思ったら、急にきもちが軽くなった。

『きつねのはなし』を2日で読み、買ったまま置いてあった『考える人』の村上春樹のロングインタビューを昨日から読み始めたけれど、テレビも音楽もないエアコンの音だけがする中で文字を追いかけるのは、純粋に楽しい時間になった。
 紅茶もビールも、おやつもいらない。
 ベッドの上に座ったり寝転んだり。
 ただ本を読むだけ。

 そうしていると、読んだ文章が脳からじわじわっと体中に沁みこんでゆく感覚を覚える。
 朝起き抜けのコップ1杯の水みたいだ。  
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by fastfoward.koga | 2010-08-11 21:08 | 一日一言 | Comments(0)