言霊の幸わう国

海あり山あり 日本列島輪切りの旅  「真夏の昼の夢」

★7月26日(月)
 7:56 燕三条駅発 ⇒(弥彦線)⇒ 8:05 東三条駅着
 8:16 東三条駅発 ⇒(信越本線)⇒ 9:05 新潟駅着(遅延)
 9:21 新潟駅発 ⇒(越後線)⇒ 10:14 吉田駅着
 10:20 吉田駅発 ⇒(弥彦線)⇒ 10:28 弥彦駅着   -弥彦散策(昼食)-
 13:21 弥彦駅発 ⇒(弥彦線)⇒ 13:34 吉田駅着
 13:34 吉田駅発 ⇒(弥彦線)⇒ 13:52 東三条駅着
 13:56 東三条駅発 ⇒(信越本線)⇒ 14:23 長岡駅着
 14:31 長岡駅発 ⇒(上越線)⇒ 14:48 越後川口駅着
 15:56 越後川口駅発 ⇒(飯山線)⇒ 16:23 十日町駅着   -十日町散策(夕飯)-






 前夜の浮かれた街は、静けさの、いや日常の中に戻っていた。
 祭のあと、とはよく言ったものだ。翌日弥彦を再び訪れると、街は前日とはまったく表情を変え、花火も屋台もない道は素っ気なく、だだっ広さだけを強調させていた。
 人も車も通らない道の真ん中に立ち視線をまっすぐにすると、その道が長い坂道だったことをようやくその日知った。
 前日辿り着けなかった弥彦神社のお社をくぐる。昨日は果てしなく遠い場所のように感じていたのにと、正確な距離感を体で感じながら参道を歩いていった。
 お参りをしたあとは奥のロープウェイから山上に向かい、そのまま奥の院へ。リュックを背負い、700メートルと書かれた案内板を信じひたすら歩き始めたけれど、その道がどんなものか想像などしていなかったので、上り坂に、石段に、苦戦する。
 1度立ち止まると余計にしんどさが増すと歩き続けるものの、長い石段でとうとう立ち止まった。おまけに振り返って下を見、上を見、深く息を吐いた。現在位置を確認したところで、つらさはなくならない。わかっていても、それをやってしまった。汗はぬぐってもぬぐっても体から湧き出すから拭うことはやめ、ひたすら前に現れる道を歩き出した。
 そうしていると、いつも自分が修行僧のようなきもちになった。その度に、これを乗り越えたら見えるものがある、と胸の中でつぶやかずとも言い聞かせてわたしは足を前に出しているのだ。
 なんとなく、道のりがあと少しだと周囲の景色から感じとったあたりで、ひとりの女性に追いついた。ハハよりは年上に見えるその人は、軽装ながらも格好は山登りスタイルで、道すがら話をしていると案の定山登りのために岡山から新潟に来たと言った。
 そのまま並んで頂上に到着すると、そこには女性ばかり5、6人がいて、登りきった達成感からかみな、「こんにちは」とか「お疲れさま」と笑顔で言い合った。
 その和やかさから、やっとのことで辿り着いた奥の院の前では、手を合わせたら、ここにいる人たちの旅の無事をと思わず祈った。汗はまだ止まらず首筋を流れているのに、そんなお願いをしている間きもちは穏やかで、その極端さが同時に自分の体で起こっているのは不思議だなあと感じた。
 下山したあとは、ガイドブックに載っていたお店で昼食をとった。アジフライの定食を注文したのだけれど、メインもさながら白ご飯のおいしさに目をむいた。お茶碗に盛られたそれは、つやつやでふっくらしていて、口に含むと甘みが広がった。今までいろんな場所でいろんなものを食べてきたけれど、白ご飯をあれほどおいしいと感じたことはなかった。
 ひとりでそのおいしさを噛みしめながら食べていると、お店にいたお客さんは遠方からのお客さんが多かったのか、お店のおかみさんと一緒になって前日の弥彦灯篭祭のことを話しているのが聞こえてきた。耳をそばだてていると、日本全国のお祭で、ここ弥彦の花火は1番遅い時間まで上げるらしいということが話題に上った。確かにわたしの地元の花火大会では21時までには終了するので、ああやっぱりなあと、内心その輪の中に入って話がしたくてうずうずしていた。
 お漬物まで出されたものはすべてきれいに平らげたあと、お会計のとき白ご飯のことに触れると、おかみさんは地元産のコシヒカリだと教えてくれた。ほんとうに、ほんとうにおいしかったのでかなり熱を入れてそう伝えたから、たぶん、きもちは伝わっただろう。
 結局わたしは翌日、家におみやげとして3キロの魚沼産コシヒカリを発送した。そのお米はうちで食べてもやっぱりおいしくて、でも3キロなんてあっという間で、今でもときどき思い出しては食べたいなあとその味を思い出している。
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       (弥彦山の奥の院へ続く道)

 お腹を満たしたあとは弥彦駅を出発し、東三条駅、長岡駅を経由し、越後川口駅に到着した。ここでは1時間ちょっとの待ち時間があり、とりあえずホームは暑いので改札口へと向った。
 いったん改札を出て駅の周辺を見ても、駅から正面にまっすぐ伸びる道で工事をしている以外、特に目につくものはなかった。周辺をうろついても、午後の強い陽射しで体力を奪われるだけかなと、おとなしく冷房の効いた待合室で時間を潰すことにした。
 10畳ほどの広さの待合室は、壁に沿ってベンチが置かれているだけで、あとはなにもない。リュックを下ろし、入口正面のベンチに腰掛け、リュックの脇のポケットから文庫本を抜き出す。しばらく文章を目で追ったものの、どうも目の前のぽっかり空いた空間が気になって集中できない。工事現場の作業音と、おそらく強風に設定された空調から吐き出される風の音は鳴っているけれど、シンとした別空間にひとり取り残されたようなきもちになった。
 そこでふと、ここでandymoriの『1984』を鳴らしたらどうなるだろうか、あの曲はこういうがらんとした無機質なところが似合う気がするんだけどと、携帯にダウンロードしていたその曲を再生した。
 部屋の中を、乾いた音が鳴る。誰もいないので音量を大きくし、小さな携帯から音を響かせようとしたけれど、大きな空間を包み込む威力はなかった。それでも、見えない空気の壁にひびが入るくらい、流れや色が少し変わったような気はした。
 2回続けて再生し、その間待合室の中を檻の中の動物みたいにうろつき回った。落ち着かないけれど、待合室に置かれたパンフレットの類も、誰もが書き込みできるノートも、そう長く興味をそそられることはなく、仕方なく元の位置に戻ってポーターのカバンからハガキを取り出した。
 膝の上に文庫本を置き、それを机代わりにしてハガキを書く。鉄旅のときは、たいてい電車の待ち時間にこうしてハガキを書いて、それをそのまま駅前のポストに投函するのだけれど、今回も何枚もハガキを書いた。
 越後川口駅でもここでハガキを投函しようと数行書き出したら、突然ガラッと軽い扉の開く音がした。顔を上げると、汗をタオルでぬぐいながら中に入ってきたおじさんがいた。歳は50代くらいで、グレーの作業着のようなシャツを着ている。前でやっている工事の現場監督さんかと思った。
 第一声は、「暑いですね」だったか、「こんにちは」だったか。目が合ったので、なにも言わないわけにもいかず言葉を交わして、わたしはハガキの続きを書こうと視線を戻した。でもおじさんはそんなわたしの動きを気にもせず、「どっから来たの」と話しかけてきた。
 まだまだ時間はある。まあいいか、とペンにふたをし、しばらくそのおじさんと話をすることにした。
 おじさんはちょうどいい話相手が見つかったかのように、駅のある川口町のことやその周辺の土地のことを話始めた。単なる乗換駅だと思っていただけで、なんの知識も持っていないわたしは、ふんふん頷きながらそれを聞いた。ああこのままおじさんは喋り続けるのかもしれない、でもいやな気はしないなと思っていたら、話題がひと段落すると、おじさんは急になにかを考えるように視線を右上に持ち上げた。
 待合室が急にシンとする。書きかけのハガキに視線を落とすけれど、このまま話さずにすむ空気ではない。さっきの話題から引っ張って、今度はこちから話しかけてみた。するとおじさんは少し考えこむような素振りを見せたまま、それでも会話を続けてくれた。
「最近、夏目漱石を読み返してて。」
 突然、なんの前触れもなくおじさんは話題を変えた。それがわたしの手にしていた文庫本を見てだったのか、誰かに話したかったと思っていたことだったのか、それはわからない。けれどわたしは、こんな場所で見知らぬおじさんと夏目漱石の話をするとは思ってもいなかったと、少し身を乗り出してその話に耳を傾けた。
「読み返していると、今だからわかることがある。」
「すごいそれ、わかります。」
 こちらが身振り手振りを加えて共感を表わしても、おじさんはやっぱり話しながら別のことを考えているようで、想像したような反応はを示さなかった。
 肩透かしをくらってしばらく沈黙していると、おじさんはそろそろ行くわと立ち上がった。
「じゃあ、気をつけて。」
「ありがとうございます。」
 待合室のガラス戸を閉め、おじさんは意外にあっさり去っていった。
 外を気にしていたからやっぱり工事現場の人だったのかなと、視線は書きかけのハガキに戻しながらも耳だけ澄ましていたら、車のエンジンがかかり、走り去る音が聴こえてきた。
 きっとおじさんは、単に待合室に涼みに来ただけだったのだろう。誰もいないと思って来たら、わたしが扉の真正面にひとり座っていたから、話しかけないわけにはいかなかったのかもしれないなあと、ハガキの続きに取りかかった。
 書き終わったハガキをポストに投函するために、外に出た。待合室の冷えた空気から一転、外の暑さと陽射しの眩しさにくらくらした。
 ここには長くはいられないと中に入ると、待合室に充満していた空気がどことなく変わっているのに気がついた。まるで止まっていた空気が解けて流れ出し、別空間に感じたその場所が現実の駅の待合室に戻っていたようだった。
 時計を見ると、列車が来るまであと20分。時間は、間違いなく過ぎている。
 でもついさっきまでのことを思い返すと、そこにいる間は白昼夢みたいだった。

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(わたしの旅の友。リュックとポーターのカバン)
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by fastfoward.koga | 2010-08-29 14:42 | 旅行けば