言霊の幸わう国

8月31日

 8月31日というと、高校3年生のその日を毎年思い出す。
 高いお金を払って行かせてもらった塾の夏期講習は何日もさぼり、受験生だというのにろくに勉強もせず、ただ40日間という夏休みをなにもしないで、そのくせ不安ばっかり膨らませてしていたころだ。

 今でもその日のことをハッキリ覚えている。
 夕暮れどきに部屋の窓から西の空を眺め、夏休みが、そして夏が終わるのだと思っていた。
 
 特にその年の8月31日を覚えているのは、高校3年だったからというわけではない。
 我が家は、その年の冬に引っ越しが決まっていた。
 幹線道路の建設のために立ち退きで、そのとき、引っ越し先である現在住んでいる家は地鎮祭を終え建築が始まっていた。
 新しい家への期待と、その反面今まで生活してきた家への愛着。
 そこに自分自身を投影していたのかもしれないなと、今になって思う。
 
 その、当時住んでいたわたしの家は同じ外観の家が6軒並んでいた手前から3軒目で、すべて立ち退き対象となっていたのだけれど、夏休み最終日にまだ残っていたのは確か4軒だった。
 手前から4軒目と5軒目の家は引っ越しすると、名残惜しむ間もなく、すぐ取り壊されて更地にされていた。
 そうしないと立ち退き料が支払われない取り決めだったのだ。

 その2軒が取り壊されたおかげで、西側に窓のあったわたしの部屋は、夏の途中から陽射しが射し込むようになっていた。
 今まで感じなかった光。
 でも同時に、陽が傾き出すと窓からはひんやりとは言えないまでも、クーラーのなかった部屋をぐるりとかき混ぜるだけの風は吹きこんできていた。

 その日も、そんな夕暮れの時間を部屋で過ごしていた。
 選択科目の国語表現で出された夏休みの宿題、小説を書いていたのだ。
 宿題が、小説を書けと出されたのか、なんでもいいから書けだったのかはもう覚えていない。
 ほんとうは夏休み明けの授業で提出すればいいよかったものを、夏休みの宿題は8月31日までにしてしまわなくてはと、そこだけ小学生みたいな律儀さで、何度も書いては一からやりなおしていた。

 やっと最後まで書けたのは、夏の終わりにまさに自分が考えていたことだった。
 自分ってなんだろう。
 これからどこに行くんだろう。
 そういうことを、ともだちとふたり屋上で風に吹かれながら話すという設定で、2600字程度の短い話だ。
 さっき読み返したらたくさん表記の間違いがあって、読むだけでもこっぱずかしいのに、なにこんなとこ間違えてんだと18の自分に思わずつっこんだ。

 でも、これを書いたときの自分のきもちが手に取るようにわかった。


 今日少し寄り道をして乗った電車で、西の空が暮れてゆくのを反射した窓越しに見ていた。
 途中の駅で人が降りたところで西側に体の向きを変え、立ったままシートの持ち手を握りしめて、そこに18歳のとき見ていた夕暮れを重ねた。
 今日の夕暮れもきれいだなと思ったところで、この夏何度そう思っただろうと思い返し、そう思えることは幸せなことだと思い直した。
 こんなことを19年後の8月31日に考えるなどとは、もちろん18の自分が知る由もない。

 すでに倍以上の歳を重ねた今、頭の中で、おもちゃの時計を動かすように指で針を逆回転させてみた。
 あのときは自分が何者かもわかっていなくて、わかっているのは何者でもないということだけで、1度不安になったら1番下まで転げ落ちるまで止めかたがわからなかった。
 今の自分は、思いもよらぬところに来てしまったような気もするけれど、今日の夕暮れをまっすぐ見つめながら、大丈夫だと自分に言っていた。

 あのとき衝動のように書きたいと思って書いたものがあるように、今も自分にはこれが書きたいと思うものがある。
 だから、大丈夫。

 夏の終わりは何度巡ってきても寂しくなってしまうけど、明日はちゃんとやって来る。
 あと少しで日没だというのに朝焼けみたいに思えた夕暮れは、終わりじゃなくて始まりのようだった。   
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by fastfoward.koga | 2010-08-31 22:11 | 一日一言