言霊の幸わう国

海あり山あり 日本列島輪切りの旅 「タイムカプセル」

 お忘れでしょうが・・・。
「海あり山あり 日本列島輪切りの旅」、 ここまで書いていました。あともうひと息、今年中に終えます(宣言)。

★7月23日(金) 「スタート前夜」
★7月24日(土) 「旅の水に足を浸す」
★7月25日(日) 「リュックの重み」
★7月26日(月) 「真夏の昼の夢」
★7月27日(火) 「風に乗ってどこまでも」
★7月28日(水) 「ボーダーライン」
★7月29日(木) 「紛れ込むウォーリー」


★7月30日(金)
 8:19 上田駅発 ⇒(上田バス)⇒ 9:00 別所温泉着   -別所温泉散策-
 10:50 別所温泉発 ⇒(上田バス)⇒ 11:05 無言館着   -無言館見学-
 11:37 無言館発 ⇒(上田バス)⇒ 11:56 別所温泉着
 12:29 別所温泉駅発 ⇒(上田電鉄・別所線)⇒ 12:59 上田駅着
 13:17 上田駅発 ⇒(しなの鉄道)⇒ 13:35 小諸駅着   -小諸散策(昼食)-
 15:14 小諸駅発 ⇒(小海線)⇒17:29 小淵沢駅着
 17:33 小淵沢駅発 ⇒(中央本線)⇒ 18:12 岡谷駅着   -(夕飯)-





 わたしの鉄旅の計画は、愛用している『小型全国時刻表』の路線図を眺めることから始まる。
 初めから行きたい場所や乗りたい路線を中心に行程を考えることもあるし、まったく行き先に検討もつけずに、まるで神が降りてくるのを待つように路線図を何度も何度も見ることもある。どっちにしても、休みの日数と行きたい場所の数、いかに効率よく路線を乗り継ぐかのバランスが大切で、単に遠くに行けばいいとか、逆に一ヶ所に留まろうと考えているわけではないので、旅の質と量が重要になる。
 この夏の旅は、初めに飯田線に乗りたいなという思いが漠然とあったので、これは周辺の路線も攻めてしまえと、長野を中心に旅することにした。ちょうど長野なら、トレッキングの場所探しもしやすいし、気になっていた「大地の芸術祭の里」が開催されている十日町・松代も飯山線一本でつながっている。そこまで頭に描ければ、旅の骨格が作られたも同然。ひと息ついたら、次にどこから旅を始めるかをわたしは考え始めた。
 今思うと不思議なもので、スタートは日本海側だと初めから決めていた。太平洋側から北上し、長野を横断して日本海側へ抜けるコースはまったく頭になかった。まずは日本海に沈む夕陽を見よう。そんな思いが、胸の中にあったのだ。
 今年の夏休みは9日間。少しでも旅の時間を確保したいという思いから、金曜日仕事が終わってから高速バスで日本海側に出て、土曜日の早朝に旅をスタートさせよう。そう考えて、西から鳥取、福知山、舞鶴、小浜、敦賀、そして福井と候補を挙げ、時刻表を何度も捲って最適の行程を組むならここだと、福井スタートを決めた。
 こうして、大まかな骨組みとスタート地点が決まれば、あとは何度も時刻表を捲り、できるだけひと筆書きで路線を辿り、かつあらかじめガイドブックで確認した場所をくまなく巡れるようにして、チェックポイント的に宿泊先を探すのはいつものこと。A4用紙を半分に折ったものに、ボールペンで1日ずつ駅名と発着時間を書き込んで、自分だけの旅の行程表を作成するのだ。
 ほんとうは宿泊先も決めずに行き当たりばったりで旅に出るのも、と思うきもちもある。けれど、それは思うだけでやってみたことはない。たぶん性格的に旅の行程を決めなさ過ぎるのはゆるくて居心地が悪いということ、そして恐らく9日近い旅では道程を自ら決めていないと輪を描かずそのままどこまでも進んでゆきたくなって、休みの間にうちに帰れなくなるような気がしているからだ。
 もし変更するとしても、路線や乗車時間くらい。1日1日決めた行程を自制しながら少しずつ崩すのは、今年も例外ではなかった。旅が始まって7日目のその日は、上田駅周辺の散策をとりやめて別所温泉の北向観音堂と無言館へ向った。

 北向観音堂、無言館は、どちらも学友のIさんと奥さまのTさんがぜひと薦めてくれた場所だ。北向観音堂は、善光寺さんと互いに向き合っており、両方を参拝するとご利益が得られるとされているそうだ。そして無言館は、正しくは戦没画学生慰霊美術館無言館という、太平洋戦争で亡くなった画学生の遺作が展示されている美術館。別所温泉、上田駅などからバスに乗車しなければならない、決して交通の便がよいところにあるとは言えないけれど、北向観音堂と共に、Iさんご夫婦に話を聞いてこれは今行かなくては次にいつ行けるかわからないと、前日急遽行くことを決めた。
 朝6時半には起床し、携帯で調べたとおり、上田駅から出る別所温泉行きのバスに乗った。途中で無言館の近くを通ると、気を緩めずにひとつひとつのバス停の名前と周辺の景色を見つめる。がしかし、1時間近くバスに乗っている間に旅の嗅覚が反応し、もしや路線が違っているのではとひとり不穏な空気に包まれた。バスの中では、でも行き先は間違っていないはず、という思いと、違っていても辿りつくのはもうひとつの目的地の別所温泉だしなという思いで、ただ揺れに身を任せていた。
 結局バスは無言館のそばは通らず、終点の別所温泉に着いた。クエスチョンマークが頭にいくつも浮かんでいたが、運転手さんにお礼だけを言ってバスを降りた。こういうとき、わたしはとりあえず自分で謎を解明したくなるのだ。
 下車した別所駅前のバス停周辺をうろつく。どうせ帰りのバスの時間も確認しておかなければと時刻表を覗き込んで、謎が解けた。わたしが乗りたかったのは、上田駅から出ている上田鉄道別所線の塩田町駅から出ている別所温泉行きの観光スポットを巡回するバスで、上田駅発の路線バスではなかったのだ。
 思わずバス停で、ほおーっと声に出してみたら、妙に答えがしっくりきて納得できた。前日慌てて調べたのだ。こりゃ仕方ないと、わたしは気を取り直して北向観音堂へ向った。
 上田駅前から別所温泉へ続く道は、上り坂。午前中だというのに少し歩いただけで汗はどっと吹き出し、ないとわかっているのに日陰を探しながら歩いた。参拝したあとは足湯、足湯と自らを励まし、何度もリュックを背負いなおした。
 細い路地を歩いて観音堂まで来たら、お手水で手と口を清め、坂と階段で荒れる息を整えて手を合わせた。こういうとき具体的にお願いしたいことが思い浮かばず、そこを欲張るのもなあと、ここまで参りましたとただ報告をさせてもらう。でも来た道を戻りながら、ご利益があればいいなと少し欲目を見せたりする。
 神社やお寺を訪ねたときに手を合わせていつも思うのは、願いごとを叶えてもらおうとするよりは、こうしている間心の静けさを感じることが大切だと言われているのかなということだ。と言いつつ、やせ我慢して心のうちを神さまにも仏さまにも見せない自分だから、周囲から隙がないと言われたり思われたりするのかもしれないとも思う。ほんとうに願っていることは、たとえ自分の胸のうちでも言葉に変換すると、その時点で泡となって消えてしまうような気がしている。いつまでもそう思い込んでためらっていることは、決して賢いことではないと心のどこかでわかってはいるものの、思考の癖はなかなか直らないものだ。
 北向観音堂からは坂を下り、足はまっすぐ迷わず足湯に。辿りつくと先客がいて、でもやっぱり素通りはしたくないと東屋になっているその建物に近づいた。先客は、60代くらいの男性と40代くらいだろうか、女性が並んで座っていた。女性のほうは東南アジア系の顔立ちで、どんな関係なのかと一瞬訝しがったが、「お邪魔します」と声をかけて荷物を下ろすとふたりとも笑顔で挨拶を返してくれた。
 リュックから日本手ぬぐいを出し、靴と靴下を脱いでパンツの裾を捲ると、女性のほうが「色、白いねー」と感嘆の声を上げた。あまりに流暢な日本語で、今度はわたしが驚く番だった。そこで完全にわたしの警戒心は解け、それが伝わったのか、傍らに置いたリュックの大きさを見たふたりは次々に質問をしてきた。どこから来たの、どこを回ってきたの、これからどこに行くの、と尋ねられる問いにひとつずつ答えるわたしに、女性は「うらやましいね」と男性のほうを見て言った。
 そのあとひとり旅の女性が加わり、4人で足湯に浸かりながらしばし歓談を楽しんだ。先にいた男性と女性は立ち去るとき、わたしたちに「気をつけてね」と笑顔で声をかけてくれた。

 足湯を上がったあと、わたしはバス停へ向ってぶらぶら歩いた。そのときまでは無言館に行くのはもう無理だなと思っていた。乗ってきた路線を逆に辿る上田駅行きのバスで、戻るつもりでいた。でも小屋のような囲いのあるバス停で、薄い座布団の上に座り考えた。
 ほんとうに行けないのか。行く気になってないだけじゃないのか。そう一瞬自問自答したらいてもたってもいられなくなり、とりあえず別所駅前までせかせか歩き、もう1度無言館行きのバスの時間を調べた。
 次に無言館に向うバスは10時50分。美術館を見て、次に同じ塩田町駅行きのバスに乗ろうとすると、今度はタイムロスが多すぎる。今日の宿のある岡谷に着くのが遅くなるか、もしくは途中下車する小諸駅での時間がなくなる。それならまた別所駅に戻ってくるのはどうか。今度は逆に、バス停から無言館まで往復する時間をひっくるめても32分しかない。これは32分でも行くしかない。そう目まぐるしく考え、わたしは無言館に向った。
 バス停から無言館は、想像どおりの距離だった。上り坂で、5分はゆうにかかる。ここは汗だくになっても、息が上がっても、辿りつかなくてはと必死になって歩いた。別館を通り過ぎ、本館の前にやって来たときは、この旅最高の汗をあちこちから吹き出していた。
 終戦記念日も近いせいか、館内には人は多かったけれど、周囲の目を気にしている暇はない。都合よく、館内の照明は暗くて助かった。荷物を預けるところがなく苦慮したが、汗も荷物の重さも忘れて絵を見つめた。
 決して望んだわけではない戦争で命を落とした画学生たちの描いた絵だと思うから、こんなにもそれぞれの絵に力を感じるのか、いやいや、そうでなくても感じるものが絵のどこかから滲み出るはずだ。
 そんな中、ずっと見ていたかった絵があった。それは桑原喜八郎さんという静岡出身の享年24歳の青年が描いた、少女がしゃがんで頬杖をついている淡いタッチの絵だった。気になって少し離れて別の絵を見るものの、その絵の前がぽっかり空くと、滑り込むように何度かそこに立った。
 でももうお別れの時間だ。決めたバスの時間は、迫っている。出口に向うと、そこに学生たちの絵がポストカードになっているのを見つけた。展示されている絵がすべてあるとは思えない。でも、と期待しながら視線を素早く動かした。すると、あった。わたしが気になっていた絵がポストカードになっていた。これで少しは気も納まると、購入したあとはリュックにはしまわず手にしたままバス停への下り坂を急いだ。

 わたしは、旅に後悔はつきものだと思っている。100%満足した旅など、今までない。いつも名残惜しさを感じながら、帰路へと着く。
 でも旅はそれでいいのだ。やり残したこと、未練、それがあるからまた旅に出ようと思うのだから。
 バスを十分調べていたら、もちろん無言館で過ごせる時間はもっとあったはず。でもあの勢いであの場所へ向ったこと、そして辿りついて、見て、感じたこと。それは、あの流れ出ないと感じなかったはず。間違えず行っていたら、もしかするとシンとしたきもちで、絵の中にある悲しみばかり見てしまったかもしれない。
 こんなふうに、自分が立てた旅の計画に失敗と後悔を埋め込みながら、いつまでも次の場所を探して歩いていけたらいい。埋め込んだものはいつしかタイムカプセルになって、なにかの拍子に取り出して開いたら、思わぬものとして手に戻ってくるのだ。

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(上田鉄道 別所駅舎内)
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by fastfoward.koga | 2010-12-28 20:11 | 旅行けば | Comments(4)
Commented by cool-october2007 at 2010-12-29 09:46
おお!続きですね。
楽しみにしてます。

僕も早くハワイ旅行記を書き上げないと。。。。
Commented by mohariza6 at 2010-12-29 13:32
縛りがありすぎる旅は、面白く無く、勝手気ままな旅が理想ですね。
私も、いつか、また、やりたいと思います。
1回しかなったことがありませんが・・・。
Commented by fastfoward.koga at 2010-12-29 21:55
coolさん、こんばんは。
遅くなりましたが、やっと仕上げました・・・。
初めに文字数多くして書いたせいで、あとが続かず(苦)。

実はわたし、まだcoolさんところのハワイ旅行記はまったく読んでないんです。
一気に読んだら、より一緒に行った気になるかなーなんて(笑)。
でも、あんな大長編なると思ってませんでしたよ!
わたしのほうこそ、楽しみにしておりますー。
Commented by fastfoward.koga at 2010-12-29 21:57
mohariza6さん、こんばんは。
わたしも縛りが多いのは苦手で、ツアーでは旅はもうできない体になってしまいました。
バスツアーなんて、とんでもないって感じです。ハイ。