言霊の幸わう国

にじむバレンタイン

「雨って言うてたやんな」
 フロアではみながそう口々に言い、代わる代わる9階から窓の外を見た。
 昼前から降り出した雪はやむ気配を見せず、終業時にはぼたっとした雪に変わり、歩道をうっすら白く色づけた。
 1度出した残業届けを取り消ししてもらい、定時で会社を出る。
 いつもなら地下鉄ひと駅分は歩くが、今日はやめにしておいた。
 寒さに負けたのではなく、靴がもたないと判断したのだ。
 案の定、ワンブロック歩くごとに、溶けてべちゃべちゃになった雪が沁みこんでくる感じがした。

 京阪の特急に乗ったあともずっと窓の外を気にしていたが、その中に白いものは見つからない。
 取り越し苦労だったかとモーパッサンの短編集を開いていたら、携帯がぶるるっと震えた。
 開いてみると、楽グリから「今日はバレンタインデー」というDMメールが届いていた。
 朝1度そんな話題をしてから、忙しくてすっかり忘れていた頭にUターンして戻ってきた「バレンタイン」。
 右に頭を傾けもの思いに耽りそうになった瞬間、10年前のバレンタインのことを思い出した。
 亡くなったNくんと最後に電話で話した日だ。
 地下のお店で飲んでいたせいで電波も悪けりゃ、相手もかなりの酔っ払いで、なんだかちぐはぐしたまま切ってしまったその電話のことを、わたしはあとでたっぷり後悔した。
 明日にでもメールをして、今度ふたりで飲みに行こうと言おう、そのときはそう思っていた。
 そんな記憶が一瞬にして巻き戻り、傾いていた頭はバネではじかれたようにまっすぐになった。
 10年経ってもバレンタインの思い出がそのことだとわかったら、Nくんはきっと笑うだろう。

 京阪のホームを歩いていたとき、いつもと違う匂いが鼻先に漂った。
 不審者にならない程度に、くんくんかいだ。
 △印の前に立ち、少し大きめに空気を吸ったところで気づいた。
 漂っていたのは、雪の匂いだ。
 雨とは違う水分をたくさん含んだ空気の匂い。
 雪国を旅し、ホテルから出た瞬間に何度も嗅いだ匂い。
 目の前が真っ白だったら、わーいと走って前のめりに飛び込みたくなるときの匂い。
 
 今窓の外を見ると、雪はやんでいた。
 積もったこの雪は、明日まで溶けないだろうか。
 鼻の奥には、ホームで嗅いだときの雪の匂いが残っている。
 暖かい部屋に戻ったとたん、チョコレートが食べたくなった。
 買って帰ればよかったと、後悔した。
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by fastfoward.koga | 2011-02-14 20:54 | 一日一言 | Comments(2)
Commented by ふじこ at 2011-02-15 00:38 x
阪急電車にすっかり入り込んでいるふじこです。
あなたに贈ればよかった、チョコレート。
今度チョコフォンデュしようね。
Commented by fastfoward.koga at 2011-02-15 22:23
ふじこさん、こんばんは。
チョコフォンデュのチョコって、甘いん?
フルーツをつけて食べるんが多い?

フツーのチョコで、よござんすよ。
そんなハイカラなもの食べなれないもので(笑)。