言霊の幸わう国

朝の光

 ひとり暮らし2日目で、朝帰りをした。
 早朝の京都タワーを見上げ、まだ人もまばらな京都駅の改札を抜けホームに停車していた電車に乗り込む。ドア横のシートに越しかけなにげなく車内を見回したら、是枝監督の次回作『奇跡』のポスターが目に止まった。この映画の主題歌はくるりが歌っている。タイトルは、映画と同じ『奇跡』だ。
 コピーを端から端まで読みながら、今ここでこのポスターを見ていることも奇跡みたいなもんだなと、わたしは前夜の夢のような時間を思い出していた。

 引っ越し2日目、14時半で仕事を終え、わたしが大急ぎで目指したのは新大阪駅だった。予定どおりの時刻の新幹線に乗り込んだあと、新大阪から京都までの見慣れた景色の短い間に、前日の夕方、手伝いに来てくれた友人と両親が帰ってしまってからずっと漂っていた寂しさについて考えていた。やっぱりひとり暮らしを始めるとこんなもんだとわかってはいたのに、まとわりつくようなその感情は振り払うことはできなかった。それでもじいっとうずくまるように考えていたら、途中でふと今自分が感じているのは、寂しさではなく心細さからくる憂鬱なのだと気がついた。
 掻き消そうとしても消えるものではない。おさまるまで待つしかない。
 腹はくくってみたものの、時間が解決するしかないのかと思うと、それはそれでまた憂鬱の種になった。それでなくても、まだダンボールの片付かない部屋で迎えた初めての夜はなかなか寝付けず、体は疲れているのに眠れない憂鬱さがどこまでも付きまとい、頭はぼんやりしていた。
 ここで少し眠っておかなくては。そう思うまでもなく、京都を過ぎるとすとんと眠りについた。

 東京駅へ着いたのは、18時前だった。前もって調べていたとおり大手町駅から半蔵門線に乗り換え、九段下駅で下車した。ホームに降り立つと、同じ目的を持つ人だとわかる集団にあっという間に飲み込まれた。
 目指すは武道館。待っているのは、くるりだ。
 このライブのチケットを予約したときには、まだ引っ越しどころか、ひとり暮らしをするかどうかすら決まっていなかった。でもこの日までのすべては自分で決めたことで、途中1度はチケットを誰かに譲ることも考えた。けれど届いたチケットに記された座席番号を見て、行こうと思い直した。
 それでも心のどこかで、自分はなんてあほなことをしてるんやろ。そう何度も思った。
 ひとり暮らしの引っ越しの翌日にトーキョーへ行き、その日のうちに夜行バスでとんぼ返り。トーキョー滞在時間は5時間強。誰かにあほやな、おばかさんやな、そう言ってもらいたいと思いながら、きもちも道も迷うことはなく武道館へ辿りついた。

 武道館は、2度目だ。以前もやっぱりくるりのライブを見に来た。
 そのときも感じたけれど、武道館は広くて狭い不思議な場所だ。でも今回は前回より、どちらかと言えば狭く感じた。なぜなら、席がステージに近かったのだ。
 座席は悪くはないとわかってはいたものの、いざほんとうに座ってみると、1月に見た名古屋のライブハウスよりもステージまでの距離は近かった。頭を左右に振らなくてもメンバー全員が視界に入り、表情だって見える。もうそれだけで数時間前まで感じていた憂鬱が薄れ、高揚感が体の底から湧いてくるのがわかった。
 そわそわして何度も周囲を見渡す間に時間は過ぎ、ライブは19時15分ごろ始まった。

 岸田くんを先頭にさとちゃん、boboさん、フジファブリックの総くんが登場し、歓声が沸いたあと観客はみな第一声、第一音を待った。
 流れてきたのは、アルバム『言葉にならない笑顔を見せてくれよ』の1曲目、『無題』だった。岸田くんが爪弾くギターの音が武道館の隅から隅まで響き渡り、わたしは思わず天井を仰いだ。吸い込まれる音が、きもちよかった。
 2曲目は『目玉のおやじ』。サビにいくまでに、ステージ上で岸田くんと総くんが視線を合わせ笑った。それを見たとき、これはいいライブになる。そんな確信を持った。
『コンバット・ダンス』、『ハヴェルカ』と続き、照明が急に明るくなった。あっと思うのが早かったか、音が先に耳に届いたか、始まったのは『ワンダーフォーゲル』。今まで何度も聴いてきたあのイントロで、あーやっぱり来てよかった、来たのは間違いじゃなかった、そう実感した。
『鹿児島おはら節』が終わって、1度目のMC。確かここで岸田くんとさとちゃんが、武道館でライブをするもの今回4度目で、やっとリハーサルのときに舞い上がらず天井にぶら下がっている日の丸をちゃんと見られたと話していた。たかが武道館、されど武道館。やっぱり武道館は武道館なのだ。
 そしてその武道館を「極上のぬるま湯にしてみせます」と岸田くんが宣言し、ステージに置かれた吉田戦車のイラスト入りの行灯に灯りがともった。『温泉』は、大きな会場をほんわかした空気で包んだ。
 次の『さよならアメリカ』では、総くんのギターソロに聴き惚れた。みやこ音楽祭、名古屋、そして武道館と3度聴いたけれど、今回が特上だった。
『Fire』、『犬とベイビー』。ステージはテンポよく、進んでいった。
 MCをはさんで『魔法のじゅうたん』が流れ、そこでライブに集中していた頭が突如覚醒したかのように1ヶ月間の自分自身のことに切り替わった。何度も何度も聴いてきたその曲の意味が、言葉になっていないのに、自分の体の奥のほうでわかったわかった、とサインを出してきた気がした。あほやなあと思いながらやってきたトーキョーだったけれど、、自分が選び取ったひとつひとつのことには意味があるのだとちょびっと泣きそうになった。今頭を動かしている自分はなにひとつ掴んでいなくても、わかったと言う自分が奥にいるならそれでいいか。曲を聴きながら、そんなことを考えていた。
 次の『麦茶』で、アルバムの曲はほぼ終了。今日はいったいどんなセットリストを考えているのかと勘ぐっていると、ステージではスタッフとメンバーの動きがあわただしい。なにをやるのか期待していたら、なんと岸田くん、さとちゃん、総くんが小型カメラをそれぞれギターとベースに取り付け、手元をスクリーンに映し出すという! 岸田くんが「ここからはテクニカルショーです」と言うと、さとちゃんは目をむいたあと大爆笑し、総くんは岸田くんから「早弾きやって」とむちゃぶりされてその手元がアップになってステージに映し出されても逆らうこともせずやってみせ、ハードルを上げるだけ上げて始まったのが『飴色の部屋』、そしてさらに盛り上がったのが『青い空』だった。
 たった2曲だったけれど、今までにないパフォーマンスに観客みんなが大喜びした。
『ブレーメン』、『モーニングペーパー』、「ここで、これがやりたかった」と岸田くんが言った『東京レレレのレ』と続き、音が鳴る前に、あっやる! とわかった『ロックンロール』。ここでもわたしはいつものように、そこに青空が見えるかのように天井を仰いだ。
 そこで本編は終了。ここまでいつもより曲数が少なかったので、アンコールではどの曲をやってくれるのか、逆に期待は膨らんだ。

「みなさんと過ごすこの時間はプライスレスですが、この時間を過ごした記念を買うっていうのはどうでしょう」と、アンコール前のいつもの物販紹介でさとちゃんが笑いを誘う。
 その後ろでは、キーボードやパーカッション、マイクスタンドが3本次々運び込まれ、武道館はやっぱり特別な場所なんだなあと思った。
「もうしばらくくるりの旅におつきあいください」という岸田くんの言葉で始まったアンコール1曲目は『ハイウェイ』。チオビタのCM曲『旅の途中』。途中からコーラス隊で久々のサスペンダースが登場し、来月公開の映画『まほろ駅前多田便利軒』の主題歌『キャメル』が歌われた。空いたままのキーボードとパーカッションと残り時間と曲数を少し気にしつつ耳を傾けていたら、次の『ばらの花』でキーボードに世武ちゃんが登場。そしてようやくパーカッションに、タナカユウジさんがステージに現れた。
「大勢で演奏するのは楽しいね」と岸田くんが言っていたけれど、全員集合したステージは本編とはまた違う賑わいが客席から見ていても楽しげで、贅沢なアンコールだった。そしてその証拠に、このあと演奏された『さよなら春の日』は史上最高だった。
 もともとこの曲は大すきだけれど、どこか別の世界へ連れてゆかれるような音だった。ふわあっと立ち上る香りのように、音はどんどん広がっていった。毎度のことながら、この時間が永遠に続くわけはないとわかっていながら、続いてくれたらいいのにと願わずにはいられなかった。
 続いて岸田くんがバンジョーを手にした。曲は、『リバー』。その途中で、ふいに視線が上がった。目の前にはくるりがいる。そこからさらに見上げると、天井から手を広げるように緩やかに描かれた曲線が、大きなおうちのようだった。
 日本でも世界でもさまざまなことが今起こっているけれど、くるりの奏でる音が鳴っているこの空間はほんとうに幸せな場所で、そこにいられることにただ感謝した。
 そんなステージの最後の1曲は、『奇跡』。歌詞を追いかけることはせず、曲全体の世界に身を委ねた。
そう、その音楽は厚い層でできていて、座り心地のいいイスに腰かけるようにきもちが緩んだ。メンバーひとりひとりが奏でる音に、歌う声に、うっとりした。

 京都に戻ったわたしは、まっすぐ部屋に帰った。玄関を開けると、部屋からはまだよそよそしい匂いがした。それでも、帰ってきたというきもちになった。
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by fastfoward.koga | 2011-03-10 22:30 | 一日一言 | Comments(0)