言霊の幸わう国

祝辞

 久々の連休、1日目。
 朝からシーツ類を洗濯し、窓を全開にして部屋の掃除をした。
 昼間に急に雨が降り出すハプニングがあったれど、お休み日和だ! とのびのびしたきもちになった。
 すみのすみまで掃除してから、ふと思いついて、ひきだしの中に重ねたままにしていた手紙の整理を始めた。
 そして、こういう片付けのときのお決まり。片付けては手紙やカードを封筒から取り出しては読み、片付けては読み、をくり返した。

 みんなにもらった手紙には、なつかしい言葉がたくさんあった。
 笑ったり、しみじみしたりして小一時間を過ごした。

 わたしもいろんな人にたくさんの手紙を書いた。
 旅先からの絵はがきや、ふとしたときに書く手紙。そして毎年同じ日を祝うためのカード。

 数年間、毎年誕生日カードを贈っていた人がいた。
 毎年20日以上も前から、なにをお祝いの言葉にするか考えていた。
 うまく書けたと思えた年もあれば、思いを書ききれず勢いで贈ってしまった年もある。
 どんなことを書いていたかな~なんて思い返してみたけれど、ほとんどは覚えていない。
 でも、たった一言、未だに忘れずにいる言葉がある。

 悩みを抱えていたその人に、わたしは励ますつもりでこんなことをカードに記した。
「あなたが考えて決めたことなら、わたしはどんなことでもあなたらしいと思う」と。

 数日後、カードが届いたとお礼の電話をかけてくれたその人はこう言った。
「ずるいよな~」。
 書いたときには意識していなかったけれど、わたしはその人にどんなに悩んでも自分で答えをみつけてほしいという思いをもっていた。それができる人だと信じていたのだ。
 それがちゃんと届いた証拠が、その人のその言葉だったのだろう。
 
 人にそう言ったからには、わたしもやらないわけにはいかない。
 らしさにこだわるつもりはないけれど、これが自分だ! という答えを出しつづけていたい。
 あの人も、あの言葉を忘れずにいてくれたらなと思った。
 けど、それは贅沢かな。
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by fastfoward.koga | 2005-04-26 23:44 | 一日一言