言霊の幸わう国

彷徨う魂

 電車を降りて、改札を抜ける。
 線路を跨ぎさっきまで自分が乗っていた電車を見送るそのとき感じる不思議さは、ひと月同じことをくり返しても未だもって消えることはない。
 そして、視線を前に戻し緩やかに上る道を見ると思う、どうして自分は間違えずにここにいられるのか、という感情もまた色あせる様子はない。

 気づくと、ひとり暮らしを始めてからひと月がたった。
 あまり深く考えていなかったと言えばそうなのだが、意外に自分が生活にまつわるあれこれをこなしていることに驚く。
 炊事、洗濯、掃除。ゴミの分別に、買い物。電気やガス代の振込み。宅配の再配達の依頼に、受け取り。住所変更の電話はいくつもかけた。
 自分で自分の世話をすること。
 そうか。そのくらいなら、わたしにもできるのだ。
 そんなことをしばらく経ってから思った。

 先週友人が亡くなったとき、なにかと便がよかったので通夜のあった夜は実家に泊まった。
 ずっと使っていた部屋は大半を持ち出していたので寝る直前まで居間にいたが、寝支度にかかったら、それまでの睡眠不足も手伝ってすとんと眠りについた。
 翌朝もなんの違和感もなく朝風呂に入り、洗面台では持ってきた歯ブラシが目の前にあるというのに、つい癖で鏡になった扉を開けて歯ブラシを探してしまった。
 そこでは思わず笑ったが、さらに翌朝目が覚めた瞬間、あ、天井が違う、と思ったことには我ながら驚いた。
 きゅっと心臓が縮んで、起きぬけだというのに鼓動が速くなった。

 ずっと前に、ひとり暮らしはひとり旅みたいなものじゃないかと思ったことがある。
 だから、やろうと思えばわたしだっていつでもできる。
 そう思ったが、ほんとうは思ったはしからそれが強がりだということはわかっていた。
 ひとり暮らしをすると決めてからはこれまた深く考えはしなかったが、やっぱりそれは違うだろうと思っていた。
 でも実際にひとりで暮らしていると、今自分が胸の中で感じているこの感情はひとり旅をしているときに感じているものと同じだと、何度もくり返し確かめずにはいられない。

 この思いのまま、旅に出たら。
 戻る場所はどこだと自分は思うのだろう。
 旅に出たくてうずうずするいつもと少し違うなにかが、わたしを呼んでいる。
 とうとう、わたしはほんとうの旅に出たのだろうか。
 戻る場所をどこかで探しながら、次の場所、次の町へと向うのだろうか。 

 誰かの手から離れた風船のように、自分を繋ぎとめておくものがなくなった。
 解放感でも開放感でもない、このスースーする感じの正体だけが気になっている。
 だから、まだ見えない先行きに怖さすら感じない。 
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by fastfoward.koga | 2011-04-07 22:34 | 一日一言