言霊の幸わう国

考えよ

 原発について考えている。
 今回の震災で福島原発にあんなことが起こらなければ、きっと考えなかったことばかりだ。
 これまでCMなどで、原発は安全ですと有名人が笑顔で言っているのを見て、そうなんだと信じていた。
 でも今までより意識を高めて、いろんな人の言葉に耳を傾けると、「安全」という言葉が自己保身のためのものだったのだと思うようになった。
 津波発生後の「想定外」という言葉ですら、自分の仕事に置き換えて、言っちゃうよなあ、そう言いたくなるきもちもわかるなあと正直思っていた。
 けれどその想定外は誰が決めたものなのか、どうやって決めたものなのか。
 突き詰めてゆくと、その先にあるのは「安全」ではない気がしてきた。

 今、原発反対と勢いに任せて叫ぶのは簡単だ。
 なら、これからどうすればいいのか。
 自分が今できることはなんなのか。
 そういうことまで考えてじゃないと、自分の発言に責任が持てない。
 まさに今、自分が伝えようとしているためには電気が必要なのだから。

 関西も関東と違わず、消費エリアと原発のある場所は異なっている。
 関西電力の所有する原発は、福井県にあるのだ。
 同じことが起こったら。
 想像するだけで、足がすくむ。

 情報化社会と呼ばれていても、操作された情報しか得られないこともある。
 原発安全という言葉は、まるでマインドコントロールだ。
 自分の頭で考えなくては。

 そんなことを日常の中で考える毎日。
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by fastfoward.koga | 2011-04-25 22:54 | 一日一言 | Comments(4)
Commented by mohariza6 at 2011-04-28 05:22
<その想定外は誰が決めたものなのか、どうやって決めたものなのか。 突き詰めてゆくと、その先にあるのは「安全」ではない>のですね・・・。
「安全」としていることは、今現在の科学の仮定内での「想定」でしか無く、現段階での<科学>や<技術>の限界があり、永遠に自然界(宇宙)のことは人間には解明できるこのは無い、と思っています。
そう云う意味で、「原発問題」は、科学技術の問題点を提起してくれたと思っています。
<原発安全という言葉は、まるでマインドコントロールだ。>と云うより、「人間が、(科学)技術と云う<ドグマ>に陥っているだけ。」と思っています。
人類の祖先が誕生して、400万年ほど(?)経つのでしょうが、人類が、火や石器等、他の動物に無い「(科学と云っていい)力」を持ち、その自然界に逆らう「力の過信」と云う思い上がったツケが、今、露呈している気がします。
Commented by fastfoward.koga at 2011-04-28 22:57
mohariza6さん、こんばんは。
思い上がったツケかどうか、わたしはまだ考え切れていませんが、今露呈しているものがたくさんあることはわかります。
それをどう対処するか、やはり今試されているんでしょうね。
Commented by cool-october2007 at 2011-04-30 21:38
先日、東電には電気の供給責任があり、それに従い黙々と発電量を増やしてきたという話を聞きました。

水力発電は脱ダムの流れで建設が止まった。火力発電は、鳩山がCo2を25%削減すると国連で大見得を切ったのでこれ以上増やすことができなくなった。環境保護を叫ぶ左翼が支持母体である民主党の、エネルギー政策の中心に据えられていたのが原子力発電所だったという矛盾。

僕らが考えなしにジャブジャブ使っていた電気を確保するために、見えない場所で苦労している人たちがいて、さまざまな矛盾が積み上がっていて、それが破綻したのが今回の事故じゃなかったのかと。自然エネルギーへの転換云々よりも、まず最初に電気を消費することに僕らがもっとセンシティブにならなければならないようです。
Commented by fastfoward.koga at 2011-05-01 21:34
coolさん、こんばんは。
最後の一文、うんうん頷いて読みました。
原発をどうするかという問題もさながら、電気そのものの消費についてまず考えなければならないんですよね。

電気もそうですが、生活を取り巻く様々なものが、ほんとうに自分が必要なものなのかどうか、ひとつひとつ考えるときなのだと思います。