言霊の幸わう国

酸いも甘いも

 先日ハハと、「悲しい現実」で書いたようなパラサイトシングルやニートについての話をした。
 やりたいことがわからないという思いや、やりたいことの前にやるべきことがあるということをわざわざ教えていかなければならないと意見する人が出てくる今の世の中の現状が理解できない、とハハとふたり頷きあった。
 わたしはハハに、自分は誰に教えてもらうでもなくそういうことはいつの間にか考えるようになってきたと言ったが、やっぱり今は時代が違うのだ。
 そんな言葉で片付けるのは悔しい気もするが、それが現実なのだというきもちも芽生えてきた。

 4月30日付の朝日新聞の朝刊に、そんな思いを生むきっかけをつくった記事があった。
 それは毎週掲載されている相談のコーナーで、いろんな年齢の人の相談が載せられている。
 回答者は、服飾評論家のピーコや作家の唯川恵などバラエティにとんでいるが、今回は創作家のTetuyaだった。

 相談の内容は、高校3年生の女の子が摂食障害に悩み、カウンセリングを受けた先生に「人生を楽しむことが下手だから、心を病んでしまう」と言われたが「人生を楽しむ」とはどういうことなのだろうか? といったものだった。
 Tetuyaは、楽しいことはそんなにたくさんあるとは思えないので、自分は「楽しむ」よりも「人生を味わう」方に生きることの意味を感じようとしている、と答え始めていた。

 人生を楽しむよりも味わう。
 なんていい言葉なんだろうかと、わたしは思った。

 Tetuyaはこう続けていた。
「人生とは、あなたに与えられていた時間に他なりません。その時間の中で誰の真似でもない、あなたが味わい深く生きていければいいのですよ」と。

 楽しむではなく、味わうなので、苦しいこともつらいことも寂しいこともそのままを感じて受けとめる。難しいことだけれど、それこそ生きている意味なんじゃないだろうか。
 なんでもかんでもを楽しい、楽しい、と過ごすより、酸いも甘いも噛みわけてこそ見えるものがあるはず。
 どんな困難も乗り越えちゃって、スルメみたいな噛めば噛むほどいい味のでる、そんな人生送らなくっちゃ。
 
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by fastfoward.koga | 2005-05-03 21:20 | 一日一言 | Comments(0)