言霊の幸わう国

なんかあったら。書く。

「幼なじみがおるんやけど」
 トイレから帰ってくるなり話し始めるから、いったいどうしたのかと思った。
 彼は指をつかって、幼なじみと互いの兄との4人の関係について説明してくれる。

 その日は風が強かった。
 堂島のサントリービルの屋上にあるビアガーデンでは、テーブルに置かれたメニューが次々飛ばされていった。
 そのとき、何杯目のビールを飲んでいただろうか。
 酔いの自覚はほんのりあり、彼のいつもと違う様子と相まって、わたしは大きめに相槌をうって話を聞いていた。

「そいつと、急にぷっつり連絡がとれへんようになってん」
 この話はどんなところへ流れ着くのか。
 その時点ですでに勘ぐっていた。
「連絡しても返信ないし、どっかで死んでるんちゃうかと本気で思ってたら、この間ひょっこりうちに来て」
 彼から漂う違和感に引っ張られ、ちまちまとグラスに口をつける回数が増えていった。
「話し聞いたら、うつになってたらしいねん」
 はあ、そういうことか。
 大筋が見えて少し安心して、安っぽいプラスチックのイスの背にもたれかかった。
 そこで彼と目が合う。
 なにかを逡巡している。
 目だけでなに? と促すと、言った。
「おまえ、そいつと似てんねん」
 ああ、なんだ、そういうことか。
 思わず笑った。


 最近、よくツイッターやらないんですか? フェイスブックやってないんですか? と聞かれる。
 世間はみないろんなもので繋がろうとしているんだなあと、そのスピードの速さについていけないわたしはそのたびにぽつねんとする。

 そういったものを、初めから拒否しているわけではない。
 やってみようかなと検討はした。
 でも、きっと合わないだろうな。
 そういう結論を出した。

 そもそも名前が変わっているので、本名を出すことに抵抗がある。
 それは暗に、わたしという人間の生身を知っている人に、本音をさらけ出しにくいということをさす。
 日常のちょっとしたこと、大それたこと、それをどう感じたか、どう考えたかを書くのに、縛りや制限があるようでは意味がないのだ。
 それにツイッターのように、誰かにリアルタイムで自分のつぶやきを掬い上げてほしいと欲することにも抵抗がある。
 今この瞬間を共有できるなら誰でもいいなんていうつぶやきは自分では許せなくて、誰かにと思うならその誰かに伝えなくてはと思う。

 でもわかっている。
 そういう締め付けが、自分を追い込むことを。


 グラスに残り少なくなったビールを飲み、勇気を出して彼に聞いた。
「どういうところが似てる?」
 一瞬の間。
「プライドが高いところ」
 そこもまた、笑うところだった。

 そこではたと思い出した。
 数ヶ月前に、突然彼からメールがきたことがあった。
 そこには、「なんかあったら言えよ」と書かれていた。
 脈絡もないその内容に、その裏にあった出来事を想像もできず、わたしはただ能天気な返事をした。

 21時半、追い出されるように屋上から1階へ下りた。
 彼とはそこでお別れだ。
 お互い体が駅へと向かっているのに、彼はまだ言う。
「なんかあったら言えよ。おまえに貸すぐらいの胸はあるぞ」
 はー、なに言うてんの、この人。
 その思いはわたしの顔を意地悪く歪ませる。
 わかったわかったと返事をし、手を振る。
 わたしは目の前の横断歩道を渡った。

 渡りきったところで振り返ると、彼の白いシャツがぼんやり浮かんで見えた。
 これだけ離れても、見つかるもんなんだなあと思った。
 いや、元カレの背中くらい、わかるか。


 今まで自分の中にある陰は、危うさなのだと思っていた。
 もう1歩あっち側へ行くと。
 何度もそう思った。
 あっち側へ行かなかったのは、自分があと1歩のところを歩いているという自覚があるからだと思っていたけれど、そう考えていることがどこも少しずつ違っている気がしてきた。

 わたしの中にあるのは、きっとあやうさではない。
 単に根暗なだけなのだろう。
 でもその暗さが、ときどきとてつもなくて息を飲む。

 そのことはきっと、まだ誰にも目を見て伝えられないんだろうな。
 ごめんよ。
 その代わり、ここに書いてゆくからね。
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by fastfoward.koga | 2011-09-01 22:29 | 一日一言 | Comments(0)