言霊の幸わう国

この空もあの空もまた同じ空


 5度目の京都音楽博覧会の1曲目は、小田和正さんの『東京の空』で静かに始まった。

 この日の予報は晴れ、確か最高気温は25度か26度。
 たぶん今までで1番いい気候、いいコンディションでの音博やった。
 とは言っても、遮ることなく降り注ぐ陽射しに無防備でいることはできひん。
 黄色と白のくるりのバスタオルを頭からすっぽりかぶり、開会宣言のあと、くるりのふたりから紹介されステージに上がった小田さんを、わたしはじいっと見つめた。
 歌いだす前に、小田さんは東日本大震災のあと、歌うことの意味を考えた、というようなことを話した。
 そして、岸田くんから長い手紙をもらい、そのあと音博の誘いを受け、ふたつ返事で了承した、とぼそぼそと語った。
 話が少し変わるが、今回は昨年音博初参加の友人K嬢と、先月のくるりのライブがきっかけにお知り合いになったKさんと3人でずっとステージを見ていた。
 Kさん曰く、小田さんは長い長いツアー中で、明日とあさっての土日は大阪ドームでライブのはずとのこと。
 そんなときにでもこの音博に参加してくれはったんやなあ、と、小田さんのステージが終わったあと、その意味を噛みしめた。

 1曲目の『東京の空』は、主題歌となっていたドラマを毎週見ていたから、わたしの耳にはよく馴染んでた。
 いつもの透き通る声で「自分の生き方で 自分を生きてきた」と始まったら、ふと視線が、ステージの上方に広がる空に。
 それはほんまにきれいな空の色で、そうや、空ってこんな色やったんやと思い出させてくれる色をしていた。
 雲もまじまじ見てみると、すっかり秋のそれに変わっている。
 この空は、東京と、東北と、茨城と、鹿児島と、あちこちと繋がってるんやというきもちに、小田さんがワンフレーズワンフレーズを歌う丁寧さが寄り添った。
「いちばん大切なのは その笑顔 あの頃と 同じ」
 小田さんの書く歌詞は難しい言い回しや言葉を使うことがなくて、でもじわわんと胸に届く。
 くり返すそのフレーズに、ちょっと涙が出た。

 その余韻に浸る間もなく、ステージでは小田さんが岸田くんとさとちゃんを呼ぶ。
 岸田くんはギターを抱えて小田さんと並ぶと、「小田さんはなんで音博出てくれはったんですか?」と尋ねた。
 その問いに対し小田さんは、「事務所にふたり(岸田くんとさとちゃん)で来て、話を聞いたけどさっぱり意味がわからなくて。でも真面目だと思って」と言ったので、岸田くんたちは大笑いし、「真面目」という言葉をくり返していた。
 そして今度は岸田くんが、boboさんとフジファブの総くんたちを呼ぶ。
 ステージは急に賑やかになって始まったのは、『恋は大騒ぎ』。
 あまりの豪華さに、スタートからこれでいいんかーと思っていたのに、小田さんは音博がきっかけで会えたと細野忠臣さんを呼ぶ。
 曲はもちろん『風をあつめて』。
 聴いてるはしから消えてゆく音がもったいないような、今聴いているこの音をもう1度聴けたらいいのにと思った。
 そして最後にひとり残った小田さんが歌ったのは、リクエストがあったらしい『たしかなこと』。
 たった4曲、あっという間。でも小田さんのステージは、印象的やった。
 
 次に出てきたのは、10-FEET。
 京都出身で、くるりの京都音楽博覧会と同じく、京都大作戦という夏フェスを京都で企画しているバンド。東日本大震災の翌日に、くるりと京都磔磔でライブをやったという程度しか予備知識はなく、今回の出演アーティストを見れば、申し訳ないけどタイムスケジュールがもう少し遅かったらトイレタイムになっていた。
 でも予想外にMCがおもしろく、しかも思わずシートの上で立ち上がって見てしまった。
「アコースティックでやると、くるりとは雲泥の差」と始まった曲は、確かにアコースティックじゃあない。
 3人編成のバンドなのでやればできそうな気がしたけど、もともとの曲がアコースティック向きじゃないんやろう。
 けどそこに、それでもこの音博に参加した10-FEETというバンドの人の良さみたいなものを感じた。
 ひとつ前の小田さん、このあと登場する石川さゆりという「先輩」と「大御所」に挟まれたことを「処刑やんー」とボーカル・タクマは言ったけど、いやいや、観客席は結構みんな楽しんでステージを見ていた。
 途中で、ウクレレを抱えたつじあやの嬢が登場し、2曲ほどセッション。
 ダミ声のボーカル・タクマによく通る高音のつじあやのという組み合わせが意外に思えたけど、よくセッションしているようで、ええ感じやった。
 1曲終わるたびに爆笑をよぶMCにも慣れたころ、「漫談もあと1曲となりました」。
 最初から最後まで、笑いに溢れたステージやった。

 昨年はメインとサブという感じでステージがふたつあったけど、今年はメインのみ。
 それでもステージのセッティングは驚くほど素早く、アーティストがひと組出るとシートに座り込むのも束の間、次々ステージが始まった。
 3組目の石川さゆりもそう。「10-FEET、意外におもしろかったなあ」と話していたら、なにやら聞き覚えのある歌。
「ウィスキーがお好きでしょう~」
 あれ~? と切り替わったステージの画面を見ると、そこには白っぽい着物姿の石川さゆりが歌いながら登場。前回のど派手さとは打って変わって、あら~と逆の驚き。
 大御所らしく10-FEETの残した笑いの余韻は一掃し、しっとりと歌い上げた。
 前回はいったい何人引き連れてきたん? という大人数だったバンドも、今回少なめ。次の『津軽海峡冬景色』も、落ち着いた雰囲気で聴かせてくれた。
 ときどき、前方のスタンディングエリアからは、「待ってました!」という年配者らしき方のかけ声も聞こえつつ、2曲終わったあと、大御所は観客席に向ってこう問いかけた。
「次、なにがいい? なにが聴きたい?」
 そうい言われたら、みな口を揃えてこう言うに決まってる。「『天城越え』!」と。
 彼女はそれを予想でしてたはず。「リハやってないのよ」とかわいらしく言うて、歌ってくれた。
 ちょっとわざとらしいけど、やっぱりすごいわああと言わずにはいられへん。さすが大御所。
 最後はゆったりした曲で締め、大御所はかわいらしくステージを去った。

 太陽はそのころ、やっとてっぺんから少し西へ。
 晴れは晴れでも雲ひとつない青空でもなく、空にはなんの形にも捉えられない雲が浮かんでる。
 その雲に太陽が束の間隠れると、その度にほおっとした。
 それでも、昨年のギラギラした暑さに比べれば快適。思い出してもぐったりするような暑さに、途中我慢できずにシートを離れたことを思えば、どうってことない。
 観客席をすうっと撫でるように風が吹くたびに、あぁきもちいいと何度口にしたことか。
 5年目の音博は、ほんまにご褒美みたいな1日やった。

 4組目に登場したのは、フジファブリック。
 隣にいるKさんは、フジファブファンでもある。
 3日前に出したアルバムのこと、以前のフジファブのこと。いろいろ聴きながら、ステージを見る。
 さっき小田さんのステージに登場したときは白いシャツだったギターの総くんは、青いTシャツに黒のジャケット。
 ステージ後ろに大きく映し出されるその表情がとてつもなく緊張しているのがわかって、発表会のお遊戯を見守る母のようなきもちになった。
 たどたどしくて思わず「がんばれ」と小さく呟いてしまう総くんのMCをはさみ、新旧の曲を織り交ぜたステージ。
 亡くなったボーカル志村正彦のどぎつい個性でもって歌われていたと思った曲も、さらりとした総くんが歌ってもいい感じに響く。
 最後の曲は、『ECHO』。この曲は、くるりのツアーで金沢に行ったときにアンコールで岸田くんが、急に「なんか歌え」と言ったという曲。
 そりゃ、岸田くんが「持っていかれた」と思っただけあるわ。
 そんな1曲やった。
 がんばれ、がんばれ。ステージそでへ消える3人を、そんな思いで見送った。

 次は細野さんやけど、フジファブが終わったところでここでトイレにいっとかんと、といったん会場外へ。
 以前、奥田民生兄さんがゆるゆるやと言ったとおり、音博は場所によっては外からでもディスプレイが見えたりする。今年は今までほどのゆるさではないにしても、外では多くの人があちこちに場所を見つけ、せめて音だけでもというきもちなんやろうか、楽しんでいる姿が。
 今年は音博史上豪華な出演者やから、チケットも早い時期にソールドアウト。チケット売買のサイトでもぎりぎりまで譲ってくださいという言葉も見かけたし、朝会場に到着したときにも譲ってくださいと書いた紙を持った人もいた。
 そんな中で当たり前のように会場で見てることを、ありがたいなあとちょっと思った。   

 トイレに行って、公園を出たところにある自販機で缶のカフェオレを1本。
 昨年は1本一気飲みしてから、もう1本をその場で買って持ち込まへんと耐えられへんくらいの暑さ。今年も同じようにするつもりでいたら、1本飲んだだけで体は満足した。
 すぐに会場に戻ると、ステージにはまだ細野さんが。
 サポートで高田漣さんがいただけのふたりのステージは、友人K嬢とふたり、シートに戻った途端に細野さんが新しい5人のくるりとboboさんを呼び込む。
 岸田くんとさとちゃんのふたりが細野さんと東北ツアーをやったのであるんちゃうやろかと思っていたら、やっぱりあった。
 間に合ってよかった~と、思った瞬間やった。
 3年前も思ったけど、小田さんと言い、細野さんと言い、60オーバーはほんまに元気。

 次は楽しみにしていたマイア・ヒラサワ。
 JR九州の九州新幹線開通のCMソングを歌った人、と言えばわかるやろうか。
 あの曲を楽しみに1曲1曲耳を澄ましていたら、3曲目に聞き覚えのある曲が。
 出だしであれあれ? と思って聴いていたら、サビまできてあ~っ!! と叫んだ。
「『毛先15センチからの』や~!」
 キャーキャー言うわたしに、K嬢は「結構CMソングを歌ってるらしいで」と教えてくれる。
 そして最後に、念願の『Bomb!』。
 歌が始まるとあのCMの映像が頭に流れ、思い出しただけで泣きそうやった。

 そのあと、飄々とひとり登場したのは斉藤和義。
 ステージに現れたのはいいけど、ぼそぼそ話すから、もっとおっきい声でしゃべってーと言ってしまう。
 アルバム1枚も持っていないわたしは、知ってる曲やってくれるかなあと思ってたら、知らん曲はひとつもなく、最初から最後まで楽しませてもらった。
 途中白いギターに持ち替え、『ずっと好きだった』を歌うその横顔を見ていたら、この人はなんて生々しい人なのかと思った。ぼさぼさ頭も(そう見えるだけ?)、ヒゲも、ひょろりとした体躯も、みなオブラートに包まれているところがなく、そういうところがエロいんだなあと妙に関心した。
「ずっと好きだったんだぜ~」とそのまま曲が終わるかと思いきや、彼はまた同じフレーズを鳴らし、今度は「この国は~」と歌い続けた。
 そのフレーズに、会場が沸く。どよめきじゃなかったことが、今となってはちょっと不思議に思うけど、彼歌ったのは反原発の思い。
 すぐにわかった人と、わたしと同じようにすぐにピンとこなかった人。どっちもいたはずやけど、客席はその前の曲と変わらなかった。
 歌い終わったあと、さっきよりも沸いた気がしたのは気のせいやろうか。「また怒られる」と言った彼に、客席は大きな拍手をした。そして彼は最後にその日入っていたNHKのカメラに向って、「流してくださいね」と言うのを忘れなかった。
 最後は『歌うたいのバラッド』。しっかりその場を持ってって、彼はひらひらと手を振りながらステージをあとにした。思った以上にかっこいい人が、いい歌を歌ったステージやった。
 
 そこからは、1番時間をかけてステージはセッティングが始まった。次は、トリのくるり。
 このくらいになると照明が存在感を持ち始めるほど、陽は傾いていた。
 西の空には雲がかかってたからきれいな夕陽とはいかへんかったけど、それでも振り返ると空は薄いオレンジ。
 陽が暮れる少し前からひんやりした空気が漂い、上着も五分袖のパーカーからウィンドブレーカーに着替えていた。
 音博で寒いと思うとは。雨が降ってもないのに。5年もやってるといろいろあるね。
 知らず知らず、寒さから腕をさすっていた。

 くるりが登場したのは、予定よりも5分ほど早かったような。
 とにかく1日腕にはめた時計をほとんど見いひんかったから、正確な時間はわからない。
 でもここまであっという間やった、とそう思った。

 岸田くんを先頭に、boboさん、高田漣さんのサポートメンバーを加え、メンバー全員がステージに現れる。
 みなシャツを着用。ちょっとかしこまった感じがいい。さとちゃんは珍しくハンチング帽をかぶっている。
 どこからどう始まるのかと思っていると、1曲目は『奇跡』。岸田くんはそうっと丁寧に歌いだした。
 小田さんと細野さんとのセッションのときには思わへんかったけど、声が少し出ていない。それでもみなが奏でる音がぐぐっと客席に押し寄せてくる。
『旅の途中』、『星の砂』と続くステージを見ていると、あ~くるりはほんまに5人になったんやなあ、5人で音博やってるんやなあというきもちになった。

 その日1日、わたしはずっと東の空を見ていた。
 そして、たくさんのアーティストが歌う歌に「空」という言葉が出るたびに、その先にある空を見た。
 ときどき首を反らし、真上を見る。白い飛行機がちっちゃく、おもちゃみたいに飛んでいることもあった。
 梅小路公園の上にあった空はほんとうに広く、心の中のもうひとつの手を伸ばしても届きそうにないくらい高かった。
 なにかを探していたわけでもないのに、ほんとうに何度も空を見た。

 岸田くんのギターで『Baby,I love you』が始まる。体を揺らし、一緒に「ベイビー、アイラビュー」と歌う。
 ゆるゆると時間は流れ、気づくと夕方は夜になっている。
 次は岸田くんがギターを持たず、マイクの前に立つ。そして歌ったのは『京都の大学生』。
 カラフルな照明はステージ後部にしかないのに、なぜかいつか見たミラーボールが見えるようやった。
「なんかボーっとしてます」と言う言葉どおり、ディスプレイに大写しされる岸田くんの表情は確かにどこかほわんとしている。
 イベントを取り仕切る大変さをそこに垣間見ながらも、欲深くもっともっとと求めるきもちが沸いてくる。
 5人体制になってから作ったという新曲『いっぽ』に、久しぶりに聴いた『バンドワゴン』。そのころには岸田くんの声もよう出てくるようになり、メンバー紹介を経て『おはら節』と続いた。
 そして、事前にわたしがK嬢に向って「やる気がするねん」と言っていた『ブレーメン』。
 新しい体制になってから、わたしは特にファンファンのトランペットがいいなあと思う。そこに高田漣さんのペダル・スティールギターの音が重なると、耳が違う世界に行ってしまうような気になる。
 ひやりとした空気の隙間に滑り込む音。
 それは、今までお音博で感じたことのない音やった。

 そのあたりまで来ると、感覚的に終わりが近づいてきたなとわかる。
 さみしいけれど、どんな終焉が待っているのか、知りたくもある複雑な思い。
 ラストは2年ぶりに帰ってきた『宿はなし』。1年目から3年目まで、昨年を除いて必ず音博の本編の最後にやっていたこの曲は、ほんまに胸に沁みる。
 陽はどっぷり暮れ、歌が終わっても余韻たっぷりで、拍手は鳴り止まない。
 このあとメンバーは1度ステージを下がってアンコールとなるのかと思ったら、岸田くんの「終わると見せかけて」と言う言葉のあと、次々とステージに出演したアーティストが呼ばれる。
 10-FEETのボーカル・タクマ、細野さん、フジファブリック、マイア・ヒラサワ・斉藤和義。ステージは急に賑やかになった。
 そして始まったのは、『リバー』。
 さすがのメンバーが奏でる音はその日1番の厚みを出し、こんな濃厚な音はないというくらいの音を会場中に響かせた。
 そこでふと、会場の外に意識がゆく。外で聴いている人たちにもこの素晴らしい音は届いてるんやろか。
 届くはずのない遠い空の下にまで、音は沁みこんで流れていかへんやろか。
 ステージを照らす照明の灯りを頼りに、見えるはずのない風をわたしは見ようとした。

 岸田くんはMCで、震災後音博をやるかどうか迷ったと話した。でもやってよかったと言った。
 そして出演アーティスト、スタッフ、今年で引退する京都市緑化協会のコバヤシさん、オーディエンスに拍手と感謝を口にした。
 ここにいられることが。
 わたしはそんなきもちで、いつまでも拍手をした。

 帰り道、突如、岸田くんが「来年も」と言わなかったことを思い出した。
 それは不安なきもちになったけど、今年起こった出来事の数々を、それは日本という国で起こったことも、自分自身に起こったことも両方考えて、仕方ないことなんかもしれない。よく考えれば、自分も、今年ほど音博を楽しみにした年はなかった。ただ今年の音博を見たそのことに感謝しよう。
 今は、そう思っている。
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by fastfoward.koga | 2011-09-25 01:37 | 一日一言 | Comments(0)