言霊の幸わう国

パンドラの匣が開いたら

 長い間、ふたをしてきたこと。
 自分は、今の仕事をなんのためにやっているのか、という疑問。

 働くことに、なぜと思ったことはない。
 働かざるもの食うべからず。
 働かなければ生きてゆけないということに、一度も疑問を感じたことはない。

 けれど、働いてその対価としてお給金をいただくようになってから、何度も考えてきた。
 どうして自分は今の仕事をしているのか。
 そして、その仕事はなんのためにしているのか。
 

 お客さまのために、部下のために、働く現場のために、とわかりやすい対象があったときはよかった。
 誰かの役に立っていると肌で感じることは、それだけできもちの張りになったから。
 だからそのときは、その仕事が天職だとすら思っていた。
 でも一方で、同じことをくり返す毎日に飽きるきもちもあり、それを誰かが察するのか、数年ごとに職場や担当を異動してきた。
 そうしてその度に、だんだんやりたいことから離れ、自分がなんのために目の前の仕事をやっているのか、わかならくなってきた。

 悩みながら仕事ができるほど、そのときは強くなかった。
 相談できる人もいなかったし、立ち止まって考えたら、もう会社には行けなくなるような気すらするほど、もろかった。

 今でも、そのもろさが克服できたとは思えない。
 でも、ふたをし続けるにも限界がある。
 そろそろ、向き合う時がきたのだろう。
 
 一生ひとりで生きてゆかなくてはいけないとしたら?
 それでも最後は希望が残るように、考えねば。
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by fastfoward.koga | 2012-01-11 21:49 | 一日一言