言霊の幸わう国

考えるわたし

 考えすぎ、というのはわたしの専売特許だ。
 もし考える量というのが、量りにかけられるとしたら一度量ってみたい。
 それができたら、あのとき悩んでいた量はこれくらいで、今回はこれくらいだからまだまだ大丈夫! なんて思えたりするかなと思ったりする。
 考えると言うことはもちろん自分の頭の中だけの世界なので、考えすぎない人の頭の中はどんなふうになっているんだろうと思うこともある。

 ある物事を視覚から理解しようとするとき、わたしは必ずといっていいほど座る。
 立っていると落ち着かないから、情報を読み取れないのだ。
 選択肢がいくつもあって答えをひとつ出そうとしているとき、わたしは頭の中にレトロチックな天秤を頭にイメージする。
 そしてそこに選択肢をひとつずつ載せ、一番重い思いを選び取る。
 人のきもちについて考えるなら、電車や車など景色が動くものの中がいい。
 強情な思いも、ゆらゆら揺れて相手のきもちに寄り沿い始めるから。
 眠る前は、明日着ていく洋服を考える。
 本を読んで自分を暗示にかけたあとなので、難しいことを考えると目が覚めてしまうのだ。

 考えるということについて考えて、自分が考えていない時間とはどんな時間だろう? と考えている毎日。
 そりゃあもう、中毒よ。
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by fastfoward.koga | 2005-05-09 20:59 | 一日一言