言霊の幸わう国

愛しの百閒先生

 今日、電車に忘れた文庫本『第二阿房列車』が戻ってきたので、早速続きを読んだ。

「清水隧道の前後にかけて、ルウプ線が二つある筈である。ルウプ線は輪になっていて、列車が高低に分けれた線路で同じ所を二度通る。鹿児島阿房列車の時、肥薩線の矢嶽、大畑の間で、汽車がそう云う所を走っていくのを窓から見た。今度も見ようと待ち構えていたが、車内のスチイムと外の冷気の為に窓が曇っているから、解らない。
 但し、私の所の窓だけは曇っていない。前以ってそれに備える用意をして来た。ガーゼの布巾と小さな罎に入れたアルコールを持っている。アルコールを沁ませた布巾でしょっちゅう窓を拭いているから、私の座席の窓は曇らない。だから外が見えない事はないが、進行する列車の行く先の線路の曲り工合などを、窓から首を出さずに眺めるには、いつも斜に前方を見ていなければならない。それに必要な見当の窓は、人の座席にある。人の窓を拭きに行くわけに行かないから、見たいと思う外が見られない。」

 これは、『第二阿房列車』の「雪中新潟阿房列車」の一節。
 なんとまあ、50年近く前に同じことを考えていた人がいたとは。
 車窓の景色を見ようと心を砕く。
 このこだわり、そしてこの文章。
 読んでいると、それだけでもう夢心地だ。

 ちなみに、肥薩線にはわたしも行ったことがある。
 初めてのひとり鉄旅だった。
 何日も何日も、ひたすら列車に乗っていたあの日、矢岳(ヤタケ)・大畑(オコバ)駅のループで気分は最高潮に高揚した。

 読んでいたら、眼下に広がった初めて見る町やノスタルジックな駅、そして自分はどこへでも行けるのだと思ったきもちが、懐かしくなった。
 あぁ、でもすぐには旅に出られないから、せめて『第一阿房列車』の「鹿児島阿房列車」を読み返そう。

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by fastfoward.koga | 2012-02-09 21:58 | 一日一言