言霊の幸わう国

愛すべき関西弁

 わたしは京都で生まれて、京都で育った。
 今まで京都以外のところで生活したことはない。
 学校や仕事で京都を離れることは多かったけれど、寝に帰るのは必ずここだ。

 昔は東京へあそびに行くと、関西弁が気になってあまり話せなかった。
 でもいつからか、あまり気にならなくなった。
 自分の話すこの言葉とイントネーションが、ひとつの個性だと思うようになったからだ。

 今回の沖縄旅行でも一緒に行ったM嬢は、わたしはイントネーションや語尾がうつるねんと言っていたけれど、わたしはほとんどそういうことがない。
 日本にはいろんな地域の言葉がある。
 それぞれが自然のままに話している姿は、とてもほほえましい。同じ意味をもつ言葉でも、響きが違うといいなあと思う。
 だから、わたしもどこでも誰とでも、まんまの言葉で話す。

 自分をよく見せよう、大きく見せようとすると、言葉が上滑りすることを知っているので無理はしない。
 だからいつまでも関西弁で、話していくのだ。
 関西人でよかったと、なぜか思った今日この頃。
 みなさんにわたしの関西弁をお聞かせできないのが、とっても残念!
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by fastfoward.koga | 2005-05-17 22:49 | 一日一言