言霊の幸わう国

天気雨

 部屋を明け渡す直前になり、ひゅうっと寂しさに襲われた。

 がらんとした部屋に差し込む陽射しを、窓を開けて浴びる。
 ベランダから見える景色をもう見ることはない。
 ここに帰ってくることはない。
 この天井を見ながら眠ることはない。
 感傷がふつふつ湧いてきた。

 そうこうしていると不動産屋さんが来て、契約書と鍵を渡したら部屋を立ち去る時間になった。
 べスパにまたがり、わたしの初めてのひとり暮らしを支えてくれてありがとうと口の中でもごもごしながらアクセルを回す。
 空は天気雨。
 大粒の雨が降りかかる。

 最後だと思うと惜しくなる。
 写真に撮っておこうか、そんなことまで考える。
 でも、それは違うとわたしは知っている。
 そんな写真、見直したりしないのだ。

 べスパで5分とかからない新居に着いたら、地面に雨の跡は見られなかった。
 感傷の名残も、すぐに乾いてなくなる。
 でも記憶と感情がセットになったら、ちゃんと残る。
 そういう記憶は強いのだ。

 そのことも、わたしはちゃんと知っている。 
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by fastfoward.koga | 2012-08-22 22:02 | 一日一言 | Comments(0)