言霊の幸わう国

100年先へと続く道

 帰宅してから、たくさんの汗を吸い込んだTシャツやタオルを洗濯した。
 その日1日感じた、秋にしては厳しい暑さと陽射しを思い出しながらベランダに立ち、なんの迷いもなく洗濯物を物干しに広げた。
 それが確か22時ごろ。
 そのあと23時半に眠ろうとしたとき、雨音のようなものが聞こえた気がしてた。
 けれどそれを確認することもせず、眠った。
 1日中野外にいたせいで、こまごましたことがもう面倒になっていた。
 目を覚ましたのは、暑さのせいだったのか、喉の渇きだったのか、それとも空から降る水音だったのか。
 時計の針は2時前をさしていた。
 水を飲もうとキッチンに立つと、間違いなく雨粒が鳴らす音が聞こえた。
 頬に日焼けによるひりひりを感じながら、寝ぼけまなこでベランダの窓を開け放つ。
 少し蒸した室温とは確実に違う、ひんやりとした、けれど水分を含んだ空気が肌に触れた。
 あぁ、雨なのだ。
 降り出してから数時間経って、やっとそのことを知った。
 干しっぱなしの洗濯物に手をやる。
 雨に濡れた様子はない。
 確かに雨は風に揺らされることなく、まっすぐ落ちていた。
 メガネをかけていなくても、それは見えた。
 重力にならって、時間がやってきたので降っているだけだというように、自然の摂理に基づいて雨はただまっすぐ地面へ落ちていた。

 それは、珍しく雨の心配をしなくてもよかった、そして1粒の雨も降らなかった音博のあった京都の夜のことだ。

 2012年の音博は、今までで1番早く梅小路公園に到着した。
 うちを出てJRに乗って京都駅に着いて、毎年同じ道を歩くその間、スキップしたいような、その場で足を踏み鳴らしたくなるような高揚感があった。
 その日の梅小路公園の空には、秋らしい模様を作った雲が広がる青。
 サングラス越しでもその青さの透明感は伝わってくる。

 公園を取り囲む散策道で、開場を待った。
 少し遠くに聞こえる10時30分の開場カウントダウンを合図に、人の波が動き出す。
 開場ゲートにかかった特製の濃紺ののれんをくぐると、待ち受けていたのは青々した芝と大きなステージ。
 6年目の音博のために用意された場所は、すべてが申し分ないものだった。
 
 到着してから知ったタイムテーブルは、トップバッターが木村カエラ、そのあとすぐに「ヒトリ・ジャンボリー」が始まり、JAMES IHA、細野晴臣、くるりの順。
 初の試み「ヒトリ・ジャンボリー」には岸田くんや省念くんをはじめ、アジカンの後藤正文、ストレイテナーのホリエアツシなどが登場。
 発表された当初は、また趣向を凝らしてきたなあとぼんやり思っていたが、当日さとちゃんがステージに登場して「水族館のショーの時間との兼ね合い」と説明したときにやっと合点がいった。
 毎年京都音博が開催されている梅小路公園に、京都水族館がオープンしたのは今年の3月のこと。
 海とは無縁の京都市にそんなものを作ってどうするという意見もあったものの、できてしまえば意外に来園者が多く、にぎわっている現状。
 建設が発表されたときから音博はどうなるのかと心配していたものの、昨年も今年も開催が発表されたので、内心なんとかなるものだのだと勝手に解釈していた。
 そうか、京都の街中で音楽フェスをするということ、街と共存するフェスはこういうものなのだ、と思った。
 変化する社会の中でなにかをやり続けようとするには、しなやかな強さが必要になる。
 芝生に広げたレジャーシートに座り、わたしはその日何度も歓声の上がる水族館に視線を投げていた。

 12時の開演時間になると、くるりが登場した。
 メンバー4人が横一列に並んでひとりずつ言葉を発したあと、音博皆勤賞のboboさんとキーボードの堀江さんがステージに呼ばれた。
 そして合計6人は、ステージ上の決められた場所に進んでゆく。
 あれあれ? トップバッターは木村カエラのはずでは。1曲くるりがやるのか? と思っていると、岸田くんが「じわじわ呼ぼうか」と前置きした上で呼んだのはやっぱり木村カエラ。
 彼女はほんとうに細くて、頭がちっちゃくてかわいかった。
 そのことにも驚いたけれど、彼女のバックをくるりが務めるというのもかなりの驚き。
 1曲目は『リルラリルハ』、2曲目はくるりのトリビュートアルバムにも収められている『言葉はさんかく こころは四角』。
 伸びのある高音は、想像以上だった。
 思わず、視線が空へ伸びる。鳴り響く音と声を耳で捉えながら、そこになにか浮かび上がってこないかと探すように。

 曲の合間、前方のスクリーンに岸田くんとカエラが映った。
 眉はなくともお人形さんみたいなカエラと並ぶと、岸田くんが「おっちゃん」然としているように見えたのがおかしかった。
 その彼女が「世界で1番すき」と言った『奇跡』は、ちょっと泣けた。
 岸田くんが少し抑え気味に歌うのとは違い、カエラは大きく世界を広げるように歌う。
 すごいなあと単純に感動した。
 そして最後は、期待どおり『Butterfly』。
 歌い終わったカエラは、ふわふわとステージから消えていった。

 続いて始まったのは、「ヒトリ・ジャンボリー」。
 トップバッターは省念くんで、発売されたアルバムに入っている『dog』ともう1曲をやったら、さらりと終了。
 あれれれ~と思ったけれど、基本的に「ヒトリ・ジャンボリー」はみなあっさりめ。
 そのあと、雅-MIYAVI-、andymoriの小山田壮平、岸田くん、高橋優、ヒートウェイヴの山口洋、ホリエアツシ、後藤正文と続いてゆくのだけれど、だいたい持ち時間は20分。曲数は多くて5曲、少なくて3曲。
 若干物足りない気もしたけれど、みなギター1本抱えて登場するだけなので、ステージ上のセッティングに時間をとられて退屈することはなく、レジャーシートの上でのんびりアルコールを口にしながら見ているにはほどよいスピード感だった。
 ただ曲が終わったあとの余韻が、隣の黄色い歓声にかき消されてしまうのが残念だった。
 それでも、いつもの梅小路機関車館から聞こえる汽笛が相変わらず絶妙のタイミングで、何度もそこに救われた。
 
 8人のアーティストがテンポよく登場すると、それぞれの特徴が探さなくてもよくわかるもので、もちろんもともとが8人8様ではあるけれど、ギター1本で勝負するというのは、元々バンドでやっている人間にとっては結構緊張するものなんだろうなあと思ってみたり。
 そういう意味では、高橋優は強かった。
 彼はもともとソロなのだし、それに路上で培ったものもあるのだろう。
 1曲目から最高潮に緊張しているのはスクリーンに映った表情からひしひしと伝わってきたものの、歌いだして発散するパワーがすごい。
 スタートとともに、瞬時に針がマックス。
 そんな感じのする子だった。
 3曲だけのステージだったけれど、最後の『福笑い』はすごくよかった。
 間奏で「今ごろになって緊張がほぐれてきましたー」と絶叫したのも、人柄が出ていた。
 見ているこっちが、音博に出てくれてありがとうと感謝したくなるほどだった。

 一方、andymoriの壮平はファンファンとともに『ハイウェイ』や『1984』をやったけれど、いつもとは違う癖のある歌い方で個人的には残念だった。
 キンチョーしてるのかなあ、普段どおりのあの憂いのある歌い方がいいのに、ちょっとエラソーにそんなことを思った。

「ヒトリ・ジャンボリー」は緩急をつけながら、ひとつずつタイムテーブルを進んでいった。
 その最後に登場したアジカン・後藤正文。
 開催前にツイッターでお互いに一緒にリハをやっていることを明かしていたから、岸田くんがいつ登場して、なにをやってくれるのかわくわくしていた。
 1曲目の『ソラニン』、そして2曲目の『ループ&ループ』では、テンションがぐっと上がった。
 ゆっくり流し込んでいたアルコールが急に回ってきたかのように、むちゃくちゃ楽しくなった。
 1曲挟んで、やっと岸田くんがステージに呼ばれると、アジカン1曲・くるり1曲(『ハイウェイ』)。
 数日前から京都でリハしてたというわりには若干あれっと思う場面もあったものの、不仲説のあったふたりが自分たちでそれを茶化しながら、ステージに並んで一緒に音を出していることがただ楽しそうだった。
 毎年毎年、このステージから新しいものが生まれてゆく。
 それを客席から見続けているのは、おもしろいものだ。 

 そうしてイルカショーと共存したステージ「ヒトリ・ジャンボリー」が終わり、続いて登場したのはJAMES IHA。
 ここはゴメンナサイをして、いったん芝生を離れて小休止。
 戻ってきたときには最後の曲あたりで、しばらくするとすぐ細野(晴臣)さんが登場した。
 今年は自らベースを弾き、ギターとドラムスを引き連れたスリーピースバンドだったのだけれど、さすが大御所。
「最近、おじいちゃんぶるなって言われてるんだけど」とMCで笑わせていたと思ったら、大真面目に「それ何の曲」と「次、なんだっけ」と確認するなど、何度も曲順を間違えて演奏をストップさせていた。
 それでも、歌いだしたら貫禄が音や声に表れる。
 こういう人がひとりいるだけで、長いタイムテーブルのステージが締まる。
 見ているほうも、心強い。

 今年、友人ふたりと広げたレジャーシートの真後ろには、少し年配の男女混合の3人組が来られていた。
 洩れ聞こえる会話から細野さんのファンだとわかる。
 ときどき休憩のためにレジャーシートを離れていたけれど、音楽談義に花を咲かせつつ最初から最後まで楽しんで帰られたようだった。
 6年続けた音博。
 その存在価値がこんなところにも表れている。
 背中でそんなことを感じていた。

 このころ、傾きかけた太陽は西側に広がる雲に隠れていた。
 直射日光が避けらるのはうれしいけれど、夕陽は見られないなと何度か後ろを振り返った。
 
 そうして、いつもの年よりまだ陽が高いと感じる時間に、くるりは登場した。
 今年ステージ上の照明がついたのは、どのアーティストのときだっただろう。
 照明がつくと、毎年のことだけれどほんの少し寂しさを感じる。
 楽しいけれど終わりが近い。
 終わりがあるからこそ楽しい1日。
 そのふたつを、玉のようにいつも頭の中で転がした。
 今年もまた、その時間がやってきたのだ。

 思い思いの衣装で登場したくるりご一行様は、『everybody feels the same』からスタート。
 そのあと『chili pepper japones』が始まったときは、その意外性に笑った。
 発売されたばかりのニューアルバムの中からなにをやってくれるのかと、行きの電車で思案していたけれど、1番やらないと思っていた曲だったのだ。
 周囲もそう思っていたのか、どっと客席が湧いた気がした。
 MCを挟んで、『Race』、『虹』が続き、『惑星づくり』ではこの音楽が永遠に鳴り続けたら永遠に体を揺らしているであろう自分を想像した。
 曲が終わった瞬間は、思わず息をつき、圧巻、という言葉を頭に浮かべた。

 このころ水族館はもう一般のお客さんはおらず、屋上にはたぶん職員の人たちなのだろう、客席の高いところにぽつぽつと人影が見えていた。

『soma』、『のぞみ1号』のあと、イントロでひとり小さく歓声を上げた『キャメル』。
『creb,reactor,futuere』、そして最後に『glory days』。
 くるりのステージは、ドラマティックで衝撃的な演出などはなく、ある幅の中でバイオリズムを刻むように、ゆったりと流れるように進んでいった。
 岸田くんはMCで、音博開催に携わった多くの人へ感謝を述べ、「音博を100年続けたいと思う」と笑顔で言った。
「また来年」ではなく、約束された100年。ずっと続けてゆくという宣言。
 そうか、100年続けるのか。ここでずっと続いてゆくのだな。
 それはそれは、ほんとうにうれしいひと言だった。

 アンコールはステージにほぼ全員が登場し、『リバー』で締めくくり。
 岸田くんの声に、明るいカエラの声が重なる。
 しんみりするのではなく、明るいさよなら。 
 穏やかにそして緩やかに進行された音博は、6年目にふさわしい気がした。


 西の空に広がっていた雲は、数時間後雨を降らした。
 音博の終わりを待っていたかのように、というのは言いすぎか。
 でもそれくらい祝福された場だと感じるほど、できすぎた6年目の音博は終了した。


追伸:音博は100年続くそうです。その間に、一緒に見にゆきましょう。京都で待ってます。
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by fastfoward.koga | 2012-10-08 19:04 | 一日一言