言霊の幸わう国

建築美のような言葉

 松家仁之の『火山のふもとで』読了。
 昨晩はどこで本を閉じていいのかわからずベッドの中で2時間読み続け、今朝は1度目が覚めたあとの寝入りばなにと開いたが最後、おしまいの4分の1は読み終えなければ本は閉じられないとあきらめた。

 淀屋橋駅にあるブックファーストに久々に寄り道しようと、あえて遠回りした金曜日。
 平積みされたこの本を見つけ、迷わず手に取った。
 この作品のことを知ったのは、6月。
 その話題で盛り上がったのは、7月。
 お給料日前の財布の中身が一瞬気になったけれど、手に取った本を元に戻すわけにはいかないと思った。

 帯に書かれた賛辞の言葉。
 その中に「濃密な物語の時間にひたりきって、まれにみるほど幸福な小説体験だった」と書いたのは、元文芸誌の編集長を務めた人物。
 大学で何度もスクーリングを受講した「先生」だ。
 その人が「まれにみるほど」と評した作品に興味をひかれないわけがない。
 座った特急電車の中でページを開き、数駅進んだところでカバンの中からふせんを取り出した。
 ひと言も洩らさないように。
 読んだつもりで読み進めないように。
 そんな戒めを胸に、文章を追っては息を飲み、そして細いピンクのふせんを貼り付ることをくり返した。

 この作品は、全377ページ。
 物語がクライマックスを迎えていることは、もちろんストーリー展開からも左側に残る紙の厚さからもわかる。
 けれど終わりに近づくにつれ、最後の一行が気になりつつも、終わってしまうことに軽い恐怖を感じた。
 そんなきもちで迎えた377ページを読み終えたあと、わたしは覗き見するようにページをめくった。
 378ページ目は白紙だった。句点すらなかった。
 真っ白い紙面は、わたしの読む時間をあっさり奪っていった。


 作家松家仁之は、かつて編集者松家仁之だった。
 彼の名を聞くと、まっさきに思い出すのは季刊誌「考える人」に掲載された村上春樹ロングインタビューだ。
 それをわたしは、めったにロングインタビューを受けない村上春樹が、しかも話題になった『1Q84 BOOK3』の発売後に語る言葉とは、と好奇心をかきたてられて読んだ覚えがある。
 編集者松家仁之はその号を最後に「考える人」、そして同時に務めていた「芸術新潮」の編集長を下り新潮社を退社するのだけれど、その後某大学の教授をしているらしいよと聞いて、内心腑に落ちなかった。
 それから約2年、半年前に文芸誌に発表された作品が文芸書となって中身を自分の目で確認し、ようやく合点がいった、そんな感じがする。

 読みながら、ふせんをたくさん貼りつけた。
 さらりと記された「小説的表現」に、胸がくっと押された。
 物語がある設計コンペへの出品を軸に書かれており、作家本人も建築家になりたかったということもあるのだろう、一文一文が緻密に計算され組み立てられた建物のようで、どの言葉もどの場面も崩れたり流されたりする怖れを感じないものだった。
 地に足の着いた、いや地に根をはった正直な文章。
 わたしは、そう感じた。

 この人は、いったいいつから小説を書こうと思っていたのだろう。
 そして次の作品はどんなものになるのだろう。
 そんなことを思いながら、終わったことをあきらめきれずに、まだ何度もページをめくっている。
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by fastfoward.koga | 2012-10-07 19:31 | 一日一言