言霊の幸わう国

それは失恋に似た

 見知らぬ街は、カバンが軽くなった分心細さを呼び込んだ。
 大きな交差店はすっかり陽が暮れて暗くなり、通り過ぎる車のヘッドライトが煌々として見える。
 信号が変わるまでの間、通りの向こうに立つ人をぼんやり見ながら、失うことについて考えていた。

 30年以上付き合ってきたキティちゃんの目覚ましが止まってしまったのは、ほんとうに突然だった。
 朝はいつもと変わらない音で目覚めたのに、夜お風呂上りに見た文字盤は10時55分ごろを指していた。
 11時を過ぎていないわけがない。部屋にあるもうひとつの時計を見ると、時刻は23時10分。
 なんだ電池が切れたのかと、後ろの小さなフタを外した。
 中にはエボルタの単三電池。
 それは、ひとり暮らしを始めてから買って、取り替えた電池だった。
 止まるわけがない、そう思いながらも新しいものに取り替えた。
 秒針は動かない。
 後ろの小さな螺子を右に左に動かして、時計の針を操作する。
 もうひとつの螺子で、目覚ましの時刻を変えてみる。
 軽く振る、さする。
 でも秒針は、動かない。
 そこまでやって事実を認識したあと、思わず手で顔を覆った。

 その日から、朝は携帯のアラームを使っている。
 携帯を枕元に置いて寝るのはすきではないけれど、仕方ない。
 動かなくなったからとはいえ、他の目覚ましを買うなんてことは考えられなかった。
 買うとしたら、という想像すらできなかった。

 1軒目の時計屋さんに修理に持っていったとき、直してほしいと思ってはいたものの、内心カバンから出すのはほんとうは少し恥ずかしかった。
 だからつい言い訳のように、「30年くらい前のものなのだけれど、長年使ってきたもので」とキティちゃんを差し出した。
 けれどお店の年配の女性はこう言った。
「まあ、きれいに使われて。分身みたいなものよね」
 その言葉で、救われた。

 結局、そこでは「部品がない」と数日で戻ってきた。
 それは預けたときから言われていたことだったので、すでに次のお店のめぼしをいくつかつけており、次は会社からひと駅ほど歩いたところにある時計材料店を訪れた。

 そこでの第一声は、「30年前の腕時計ならたいていのものは直せるんやけど」だった。
 期待はしないようにと心のどこかでブレーキはかけていたものの、できることはしてほしい、という思いはかえって強くなっていた。
 お店の人には、「直っても、音はもう鳴らないですよ」とハッキリ言われた。
 一瞬最後通告を突きつけられたような気になったけれど、すぐさま、針の動かないキティちゃんを見ているよりはいいと思い直した。
「それでもいいです」
 そう言って、再びキティちゃんを時計屋さんに引き渡した。

 帰り道、冷たくなった風につられて上着の前をあわてて合わせた。
 そのポーズは、余計に自分を寂しくさせた。
 いかんいかんと、背筋を伸ばす。
 でも、交差店に立って目の前を行きかう車の流れを見ていたら、ひとり置いてけぼりにされた気になった。
 もう音は鳴らないのだ。
 事実は受け止めなければと、心の中で言い聞かせていると涙が滲んできた。
 右折レーンの車が動き出した。もうすぐ信号が青になる。
 でも、音が鳴らなくても、動いてさえくれれば。そう願った。

 もしなにも変わらないまま帰ってきたとしても。
 あの子はわたしの永久欠番だ。
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by fastfoward.koga | 2012-11-11 17:28 | 一日一言 | Comments(0)