言霊の幸わう国

カウントダウン

 誕生日まで1ヶ月をきった。
 わたしは毎年、1月生まれのY嬢の誕生日をお祝いするとあ~あと半年、6月に入るとあと1月か、と思う。
 誕生日を意識しすぎているとは思うけれど、決して歳をとることへの恐怖心からそう思っているのではない。
 逆に、年々、歳を重ねることを喜ばしいと自分自身感じているくらいだ。

 年齢とは。
 とるものではなく、重ねてゆくものだとわたしは思う。
 それは木の年輪のように、自分が歩んできた時間の誇りある証なのだ。
 そう思うと、このしわだっていとおしい。

 テレビや雑誌に出ている有名人を見て、大人っぽいな~と思っていたら自分より年下だったなんてことはザラにある。
 自分も他人も含めて、なにをもって大人だと判断するのかわからないけれど、自分は年相応でいたいと思う。
 学生のころ、20代や30代の人を見ていつかあんなふうに自分もなる、大人と呼ばれる人になるのだと思っていた。でも実際に自分がその年齢になったとき、そのギャップにいつも驚いてきた。
 たぶん、これからもそんなことのくり返すのだろう。

 それで、わたしはかまわない。
 ギャップを感じたとしても、生き急ぐでもなく、のんびりしすぎることもなく、その歳その歳にしかなれない自分ならいいと思っている。
 それは「今しかない」という刹那的な生き方ではなく、その日をちゃんと自分の足で歩いて終えたい。ただそれだけだ。
 1年ごとに、駆け足になったり散歩程度の速さになったり、進むスピードはまちまちだ。でもそのときに自分が思うペースで前に進んでいれば、いい年齢の重ね方ができるのではないかと考えている。

 20代のころは、奇数の年齢がすきだった。シャキシャキした感じが、そのときそのときの自分に合っていた。
 でも30代は偶数の方が丸みがあって、味わい深い1年にできる気がする。
 もうすぐそこにたどり着く。
 そのときまで、あせることもあわてることも、もちろん遅れることもないように歩いていこう。
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by fastfoward.koga | 2005-06-06 00:07 | 一日一言