言霊の幸わう国

通じる

 わたしのすきな人は、かなりシンプルで奥手だ。
 なんとか携帯アドレスと番号を聞き出したのが、1カ月前。
 そこからひと月、やきもきして過ごした。
 短い言葉のやりとりからだんだん核心に進んでゆけたらと思っていたのに、メールの返事は来ず。
 疑問形で終わっていないのがいけないのか、短すぎて意図が伝わっていないのか。
 携帯の聞き出しかたが強引だったのか、こちらが思っているほど距離は縮まっていなかったのか。
 ぐるぐると1ヶ月考え続けた。
 そうして負のスパイラルにはまり。
 迷惑がられているのか、嫌われているのか。それとも感情すら持てないくらいの存在なのか。
 這い上がれないくらい落ち込んだ日もあった。

 最後に送ったメールは1週間前。
 その数日後会ったときは、顔も見られなかった。
 でも会えたときに確かめておかなければ、もう次はない。
 何度もきもちを奮い立たせて、心を強く、と自分に言い聞かせた。
 
 それでもすれ違いは続く。
 気分が沈んだり浮かんだりをくり返し過ぎる時間。
 仕事をしていてもぼんやりする一方で、なかなか片付かない案件にいらついて声を荒げたり、感情のアップダウンの激しさになにかがすり減ってゆく感じがした。

 いっそのこと真正面から告白してこれでもかというほどこっぱみじんになるのもいいなと、考えたりもした。
 けれど、長い間誰もすきにならずやっとすきになった人を、その恋を、彼という人を、容易に手放すことは、想像するだけでも寂しくなった。

 木曜日、思わぬところで彼を見つけた。
 目が合って、彼がそこにいたことに初めて気がついた。
 たぶんそれは顔に出ていたのだろう。
 彼は目をそらさなかった。
 なんとなく、それだけのことなのに、嫌われてはいないということがわかった。
 そして、返信しないメールのことも気にしているのかもしれないとかすかな期待を抱いた。 

 会えないと、会わないと、知りえないことがたくさんある。
 それは何度も実感していることで、そのためにもっと近づきたいと思っていたのに。
 わたしはいつも同じところをぐるぐる回って留まる。

 金曜日、もしチャンスが巡ってきたらそれは最後なのだと言い聞かせた。
 やろうとしていたことが100あったとしたら、できたのは57くらいだったけれど、やらなくても知りえたことは20はある気がする。
 目を合わせて、話をした。
 本題に入る前の序章、起承転結の「起」程度のこと。
 1番聞きたかった「どうして返事をくれないのか」については、言葉の端にのぼらせることもできなかった。
 でも、序章が終わっても次の展開に進まない会話の「間」で、繋がった気がした。 
 やっときもちが通じたと感じた。
 ほんの少し、いつもより長めに視線を合わせている間に。

 その日わたしは、いつもとまったく違う顔をしていた。
 彼のことを考えながら見た、鏡に映る自分の目はぼんやりとし、そこには熱があった。
 こんな顔をしているのかと、思わずため息をついて片手で顔を覆った。
 でも、その目でじっと見つめたのだ。
 これでわたしのきもちに気づかないわけはない。
 質か、量か、大きさか、思いを測るものがなんなのかわからないけれど、すきだというきもちの核心を、彼にまっすぐ向けた。

 そのあと食事は喉を通らなかった。胃も痛くなった。
 ぐるぐる回る思考は回転数を落とし、勢いをなくし失速した。
 あとはなにも手につかなかった。

 数時間後、短いメールを送った。
 数分後、短いメールが返ってきた。
 もう少し、彼に近づきたい。
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by fastfoward.koga | 2013-06-09 17:00 | 一日一言