言霊の幸わう国

正しさとは

 今、月末の締め切りの通信教育に追われている。
 今読んでいるテキストのタイトルは、「状況対応に求められるリーダーシップ」。内容は、上司やメンバーや集団をどう動かせばいいか、というものだ。
 なんだかいっちょまえなテーマだけれど、読み出すと結構おもしろい。
 今日読んだ中には、「孔子の人材把握の視点」と書かれたチェックリストが書かれていた。項目は次の4つだ。

 1.人のなすところをよく視よ
 2.人が由る所を観よ
 3.案ずる所を察してみよ
 4.人が隠すところを推し測れ

 まず、相手の外見ではなく行動そのものに目を向ける。
 そしてなぜそのような行動をするのか、その動機を見抜く。
 次は、その人が本当に求めているものを予見する。
 最後はその人の潜在能力を引き出す。

 これらが、リーダーとしてメンバーそれぞれの人材を捉えるために必要だというのだ。
 わたしは読んでいて、最後の「人が隠すところを推し測る」が引っかかった。
 潜在能力を引き出すなんて、そうそう簡単にできることではないと思う。人が隠しているところをあくまでも推し測るのだから、事実とあっているのか間違っているのかもわからないからだ。

 でも、テキストを読み進めるとこんなことも書いてあった。
 人の潜在能力は顕在能力よりも大きいと言われている、と。
 そんな話を、確かに前に聞いたことがある。だとしたら、推し測って、相手に提示して、事実であろうとなかろうと、相手がそうだと思うと判断すればそれでいいのではないだろうか?
 要は、問題は相手が受け入れるかどうかなのだ。

 昔から、やたらと事実にこだわる自分がいる。
 筋道たてて考えて、これがこうだからこうなると正解ばかりを求めてしまう自分。
 でも、対モノでなく対ヒトだとしたら、正解はもしかしたら事実とは異なるのかもしれない。

 そういえば、ずっと昔につきあっていた人に言われた。「正論がいつも正しいわけではない」と。

 相変わらずわたしは正しいものがすきだ。
 わたしの言う「正しさ」とはわたし自身のものさしだということはよくわかっている。でもいつも正しさって? と自問自答する。
 わたしは事実だけで正しさを判定するのではなく、もっともっと頭をやわらかくして、自分とは違う正しさを求めている人を知らなくっちゃいけないのだ。
 でなきゃ、相手になにも伝えられない。
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by fastfoward.koga | 2005-06-15 23:58 | 一日一言