言霊の幸わう国

恋する耳

 すきな人に「会いたい」ずっと言い出せず、電話がライフラインだったことがある。
 そんなことを前にも書いたはず。

 なぜかその人と話していると、誰に遠慮しているのかお互いだんだん小声になった。
 だから、ふとつぶやいた言葉を聞き取ってもらえなかったことがよくあった。
 つぶやきほど、聞いてほしいものはない。
「え?」と聞き返されても同じことをくり返すのは億劫だし、ポロッと出た言葉だからこそつぶやきなのだから、もう一度大きな声で言うにはためらいがある。
 電話で話しながらそんなことを思っていたとき、ふと自分もその人のつぶやきを聞き取れなかったことを思い出した。

 その人は低い声でぼそぼそとつぶやいていた。
 聞き取れなかったのは、わたしの感知なのか電話の感知なのか・・・。
 とにかく必死で受話器に耳を当てていた。
 一言も逃さないようにと、願っていた。電話を切った後、リプレイできるくらいに。

 そのときのわたしは耳で生きていた。
 目を凝らすことなんて、必要なかった。耳だけあれば、よかった。
 真実を語るのは、言葉なのか。仕草なのか。表情なのか。空気なのか。
 そんなことで悩んだりもしたけれど。

 今のわたしは、そんなふうにすきな人の言葉に耳を傾けているだろうか?
 たぶん、目も凝らしているし、肌でも感じているし、鼻も利かせている。
 だから耳の感度は落ちているはず。
 
 それがいいんだか、悪いんだかよくわからないけれど、こんなに言葉にこだわっている毎日。
 何気ない一言でも、やっぱりすきな人の言葉なら噛みしめたいなと思った。
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by fastfoward.koga | 2005-06-22 01:07 | 一日一言