言霊の幸わう国

号砲

 先週、すきな人とゴハンを食べに行ってきた。

 待ち合わせは19時半。
 前回は、待ち合わせ場所には10分前に着いていた。
 それはいつもの習慣でそうしただけだったのだけれど、やっぱり遅れてはいけない、待たせてはいけないと強く思っているところがあった。
 でも今回は、待たせてももいいかと思った。

 約束をして、会うまでのひと晩、できるだけニュートラルでいるように努めた。
 いつもなら約束した時点で報告するともだちにも内緒にしたくらいだ。
 緊張しすぎて話せないという失敗だけはしたくなかった。
 自分が敷いたレールにすうっと乗っかって、アクセルもブレーキも踏まず会いにゆこうと思った。

 待ち合わせの駅で電車を降りると、彼の背中はすぐに見つかった。
 普段の歩くペースなら、追いつけるくらいの距離。
 でも、わざとゆっくり歩いて背中を見ていた。

 電車を降りた直後はスマホを触っていたようだった。
 なにを一体気にしているのだろうと、軽く嫉妬する。
 でもホームの途中でスマホをポケットにしまったあと、待ち合わせ時間ジャストになったことに気づいたのか、彼は軽く駆け出した。
 走らなくていいよと、心の中でつぶやく。
 改札口までくると、待ち合わせ場所は左なのに右に行きかけて引き返す姿が見えた。
 あわてなくてもいいよ、とほんのり笑う。
 階段を上がってゆくと、立っていると思っていた場所にわたしがいなくて彼はキョロキョロしていた。
 そこで声をかけようとしたものの、彼の名が声にならない。
 近づいて後ろから上着をつまんだところで、ようやく言えた。
「ごめん、遅くなった」

 背中は見えてたんだけど、ともごもご言い訳をしながら歩く方向を促すと、彼は言った。
「最近、インフルエンザ流行ってるんです」

 今思えば、そのなんてことのない会話の切り出しに救われたのかもしれない。
 その夜は、緊張で会話の糸口を探すことも、向かい合って座った彼の目を見ることができないなんてこともなく、ごくごく普通に会話をしながらゴハンを食べた。
 特別なことなんてなんにもない。
 でも、なにもなく過ごせたことが楽しかった。

 先日友人が、この恋について、「月刊誌にちょこっと載ってる小説を読んでいる感じぃ」と言われたけれど、その感覚がよくわかる。
 これでようやくスタートラインに立った、なんて言ったらそれこそ笑われるか。
 でもスタートしたら、亀の歩みでも走り出したいと思ってしまった。
[PR]
by fastfoward.koga | 2014-02-04 22:22 | 一日一言