言霊の幸わう国

日御碕にて

 心の持ちよう。
 昨年からそのことをずっと心に留めおいている。

 日常でも大事な場面でも、自分がこれだと感じて取捨選択したことを信じぬくことが大事だと思うようになり、そのためには心身をフラットな状態にして決断することが自分にとって1番必要なことなのだと、ひとつの答えに辿りついた。
 このやり方がいつどこまで通用するのかわからないけれど、少なくともフラットでいることが自身にとっての最善を引き寄せている気がしている。
 失敗だと思ったり、萎縮したり、迷走したりもする。
 でも、ひとしきり自問自答したら、決めたことは決めたこと、ひとつの結果が見えるまではあせってはいけないと思えるようになってきた。


 今度の旅の行き先は、あの場所へ行けばなんとかなると選んだ。
 出雲の日御碕。
 でも実際に岩場に立ち海と対面してみると、即座にきもちが後ろに引いてしまった。
 
 その日の出雲は昼前まで雨が降っていて、わたしが日御碕に着いたときも空にはどんよりした雲が広がっていた。
 ここに来るときはたいてい空は鈍色なのだ。
 それでも、いつもは帰りにはなにか持って帰れていた。
 それなのに、今回はいつもの場所に立ってみてもしっくりこなかった。

 岩場だから足元が安定していないのは当たり前。
 立っているのもやっとなくらいの強風だったことを差し引いても、その場所そのものが自分を受け入れてくれていない、そう感じた。
 それでもしばらくは体の向きを変えたり、フードをかぶったり、耳を塞いだり、立つ位置を少しずらしたりしていた。
 でも、これだと思える瞬間はやってこなかった。

 仕方なく、わたしは灯台のほうへ足を向けた。
 人の姿はちらほら見えるもののすれ違う人はさほどおらず、海を左に見ながら今まで行ったことのない灯台の向こう側へずんずん進んだ。
 ときどき遊歩道から岩場へ足を踏み入れ、海に体を向けてみる。
 まるでアンテナの感度を調べるように、何度かそれをくり返した。
 耳元では、風が大きく音をたてる。
 海も比例して荒れているのだけれど、ごおっと鳴りつづける音の中では無声映画のようにも見え、かえって静けさを感じた。
 少しずつ日御碕の空気に自分を寄り添わせていたのだろうか、進めば進むほど心身のこわばりがとけていった。

 出雲松島と書かれた看板に行き当たり、足が止まった。
 そこはせり出した場所に柵があり、そこに手をかけて海を覗き込んだとき、わたしはようやく安堵した。
 そこで、風に押し戻される体を支えることができたのだ。
 空は相変わらず、重い雲に覆われている。
 波は岩場に力いっぱいぶち当たり、白い波をたてつづけている。
 その様子を、じっと見つめる。
 この世にこれほど激しいものがあるのかと思ったところで、好きな人の顔が頭に浮かんだ。
 感じ取った荒々しさを宥めるために彼が現れたのだろう。
 目の前の景色がまた無声映画の映像のように、静かなものになった。 

 記憶のシャッターを切り、ポケットから取り出したスマホで同じ絵を収める。
 そしてまた、海面と空を見る。
 力まかせに吹きつけていた風は、いつの間にか自分をぐるり取り巻いていた。
 気づくと、涙が出ていた。
 意識をすっと自分の中の軸に戻し、感情を探してみてもこみ上げてくるものはない。
 熱くも冷たくもない涙が、目から頬にただこぼれ落ちたのを肌の上で感じるだけ。
 乾いた空気に水分が際立った。

 西の空は少しずつ明るさを取り戻し、雲の隙間から陽射しが海に向かってひとすじ射し込んでいる。
 その絵のような景色に勇気づけられ、わたしはいつもの場所へ歩いて戻った。
 
 もう1度、岩場に立つ。
 相変わらず風は強いけれど、もう疎外感はない。
 体が、その場にとけ込んでいるのを感じる。
 風に吹かれすぎて、髪はもうぐしゃぐしゃだった。
 押さえても仕方ないので、風に吹かれるまま。
 長い前髪が何度も視界を遮る。
 わたしの髪はこんなに茶色いのか、なんでこんなに吹かれて髪がカツラみたいに飛んでいかないのか、そんなバカみたいなことを風の中で考えた。

 風が飛ばしたのは、自分を惑わす薄い影。
 仁王立ちして、自分の純度が上がった気がした。

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 ここじゃないとダメだったのだと思える場所があり、そこへ旅することができて、ほんとうによかった。
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by fastfoward.koga | 2014-02-23 23:11 | 一日一言