言霊の幸わう国

スーパームーンと金縛り

 わたしのすきな人は、今日は夕陽がきれいですよとか、明日は熱くなりそうだねというたわいのない話題にも答えてくれる。
 送っておいてなんだけれど、あぁちょっとばかばかしい、場つなぎ的な言葉を投げかけたなと思うことは多々ある。
 でもふとしたことを共有しておきたいなと、その度ごとに思う自分がいる。

 先日の、土曜日の満月の日も同じような言葉を送信した。
「今日は月がきれいですよ!」
 だからなんなんだと思われるかなと心配しながらも、ごろりと寝転がりながら満月の中でもひときわ明るいスーパームーンと呼ばれる月を眺め、えいやーと送信ボタンを押した。
 彼にメッセージを送るときは、いつも喉元に意識を集中させて、次に胸元に焦点を合わせ、送ろうとしている言葉が素直に湧きあがってきた言葉なのか自問自答する。
 自問自答して、少しでも雑念が混じっていたら少し寝かせ、余計なものはないとジャッジできるまで置いておくことにしている。
 その日もその過程を経て、彼に向って言葉を発信した。

 追随して、言い訳じみた言葉を送りたいのをじっと我慢した。
 待つ間、やっぱり同じように月がきれいだよと投げかけた言葉に応答してくれた友人としばしやりとりをし、頭の片隅で今夜は返事はないかなと思っていた。
 でも、返答はその夜の間にやってきた。
「癒されますね」と書かれた言葉に、もうすっかりスーパームーンは雲の後ろに隠れてると思いながらも、今ではなくとも彼は今夜月を眺めたのかなと夜空へ思いを馳せた。

 6月以降、あることをきっかけに、すれ違ったきもちを軌道修正できずにうじうじと過ごした。
 仕事の忙しさが拍車をかけ、今自分が発する言葉は歪曲しているような気がして、なかなか連絡をとることができなかった。
 なんでも物事をシリアスに考えすぎたとか、甘えたいきもちは押しつけになるんじゃないかとか、きもちが寄り添っているように感じたのは思い込みだったんじゃないかとか、ぐるぐると思考を巡らせていた。
 答え合わせできないことに、恋ってそういうもんでしょうと思いつつも憤りを感じていた。

 でもなんとなく、月が変わって、誕生日を迎えて、新しい1年だと思えればきもちはまた自然と上向きになるんじゃないかと思っていた。
 そこまでは無理に殻から出なくても、もういいじゃないか、そう思っていた。

 今日、ゴハンを食べに行こうと誘ったら、予定がわかったら連絡しますと意外にあっさり返信があり、ひと月近く金縛りのようにがんじがらめになっていた自分の行動を振り返った。
 距離感を過信しすぎたくはないし、でも悲観しすぎて卑屈にもなりたくない。
 その間をコントロールしようとして、結局はコントロールしきれずに立ち止まっていたのだなと、今ならわかる。
 でも、余裕がないときはどうしようもない。
 無駄な時間だったと思う反面、じたばたする時間を軽くスルーしてやり過ごすことはできなかった。

 紆余曲折しながら、まだまだ片思いは続く。
 めげず、折れず、倒れず、不屈の精神をキープ。
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by fastfoward.koga | 2014-07-14 23:32 | 一日一言 | Comments(0)