言霊の幸わう国

憧れの左きき

 今日、会社の子たちとお昼を食べに行った。
 店に入って、わたしが通路側にすわろうとするとKさんが奥の席を勧めてくれた。
 こっちでいいよ、と言うわたしに、彼女はわたし左ききなんでと答えた。
 その言葉で、わたしが通路側にすわると彼女と利き手同士がぶつかってしまうことに気づいた。

 右ききのわたしは、一時期、ものすごく左ききに憧れていた。
 当時すきだった人が左ききだったのだ。
 なかなか話題が見つからなくて困ったとき、その人に左ききの不便さかげんをよく質問した。
 沈黙をなくしたくて聞いていた話だったけれど、その人のことをもっと知りたいと思うきっかけになったし、結局はその人の日常が垣間見ることができた。
 その人に対してはすきだという感情だけでなく憧れも強かったので、左ききはわたしにとってスーパースペシャルなことになっていった。

 駅の改札や、腕時計や、銀行のATM、はさみ、どれをとっても世の中は右きき中心だ。
 左ききの人は、その人もそうだったけれど、小さいときからそういうものだと思っているから特に不便さは感じないと話していた。
 でも、わたしはその人になったつもりでそれらを目の前にすると、自分が知っている便利さをこの人はこれから先も感じることはないんだろうな、なんて感慨深げに思っていた。

 そのころから十数年が過ぎても当時の憧れだけが残り、今日のように左ききという言葉に未だに反応する自分がいる。
 少数派、という存在に、わたしは弱いのだ。
 だから、生まれ変わるなら、左ききの女性数学者がいいと思ってしまう。
 いつだって、願い事はないものねだりなのだ。
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by fastfoward.koga | 2005-07-19 20:08 | 一日一言